奇習! 黒人の子供たちの干した遺体を秘薬に ― 明治期に隆盛を極めた密貿易の闇

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0311kokunidore_02.jpg※イメージ画像:『数奇なる奴隷の半生―フレデリック・ダグラス自伝 』(法政大学出版局)

 Kさんの話によると、黒船の来航により、日本が鎖国を解き、その後、明治維新によって急速に欧米風の生活様式や社会システムが流入するようになってきた。やがて、交易品と共に船に乗せられてきた黒人たちを、アメリカのように売買する向きが、自然発生的に生まれたのだという。しかしその対象となるのは、10歳未満の子供たちで、挙げ句、“生体”ではなく“死体”であったというから驚きを禁じえない。


「海外でもエジプトのミイラなどを欧州の貴族などが“秘薬”として輸入し、こっそりと服用してきた歴史があります。それに習うわけではないですが、我が国でも黒人の子供たちは、そうした位置づけであったようです。

 彼らはもともと奴隷商によって、誘拐同然の状態で買われてきた子供たちなのですが、その多くは連行中に病気などが原因で亡くなってしまうんです。でもその遺体を船の甲板の上で干して日本へと運ぶと、なぜか高値で買ってくれる。だからしばらくの間、この“黒人遺体貿易”とも言うべき行為は、“裏の貿易”として、高い関心を集めていたと言います」


 黒船の来航によって江戸幕府による時代が終わりを告げ、維新政府による新しい国づくりが始まった頃の日本に、黒人奴隷を乗せた船が来航していたということ自体、我々にとって驚くべきことであるが、ましてやその“商品”が、子供の遺体ともなれば、誰しも言葉を失ってしまう。

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