“人さらい集落・N”の闇 ― 生皮を剥がされて干されて食べられた子どもたち

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【日本奇習紀行シリーズ】 集落・N

0418yuukai_01.jpg※イメージ画像:Thinkstockより

 2014年に発生した『埼玉県朝霞市少女行方不明事件』。その発生から2年近くもの歳月を経た後、彼女が突如として姿を現し、保護を求めて連絡してきたのは、去る3月27日のことだった。

 保護された直後の報道によると、彼女は見知らぬ男性に誘拐・監禁されたまま、あまりに長い年月を過ごし、男の隙を見計らって脱出。無事、保護されるに至ったという。同様の事例は、2000年に解決した『新潟少女監禁事件』でも見られ、この時に保護された少女の場合は、1990年にわずか9歳で誘拐され、その後、約10年に渡り、被疑者男性の自宅で監禁生活を余儀なくされていた。

 こうした少女を男性が連れ去って長期間監禁ないし軟禁するという事例は、それこそいつの時代も発生している。だが、実はこうした行為を組織ぐるみで行なっていたとされる地域が存在している。それは、「南関東のとある川沿いにある集落・N」だ。


「ああ…、あそこの話ですか…。たしかにそうです。そういう話がありました。だからみんな近くの子たちはその辺りに近づくなって親から言われて育ったものですよ」


 かつてその集落・Nにほど近いS市に住んでいたという元塗装工・Yさん(65)は、当時耳にした同集落について、次のように証言する。


「N集落はですね。その集落全体が、一昔前の古くて粗末な建物ばかりがある場所でしてね。周りはどんどん開発されて、新しい建物が作られて、よそから人がやってくるのに、あそこらだけはいつまでも手付かずで。どんな人が住んでいるかもわからないし、近くを通っても静まり返っていましたよ。けど、人攫いの噂自体は昔からあるわけじゃないですか。だから昔から住んでいた私らなんかは、子供がいなくなったなんて話を耳にすると、ああ、あそこの連中が誘拐したんだよって噂してたものです」


 たしかに昭和30~50年代頃は、東京やその周辺でベッドタウンの形成が急速に進んだ。それに伴う形で、他地域からの爆発的な人口流入が生じ、結果として隣近所に誰が住んでいるかわからないという状態が発生。そのため、今でいうところの隣人トラブルの類が頻発するようになったことはもとより、誘拐や失踪事件の類が数多く発生するようになった。

 Yさんの話によれば、S市とその周辺でもそれは例外ではなく、そうした事件が立て続けに起きるようになったという。悲劇的な結末となった『吉展ちゃん誘拐事件』(昭和38年)も、まさにその頃に起きた重大事件のひとつだ。だが、Yさんの話を聞く限り、どうやらこの地域で起きた誘拐・失踪事件に限っては、他の地域で起きたものとは大きく事情が異なるようだ。

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