3千年前に絶滅した「海の民」とは? 第0次世界大戦で滅亡した東地中海文明の謎!

■ルウィー人が東地中海文明滅亡の引金をひいた!?

 ツァンガー氏によれば、それまでそれぞれ小さな王国に別れて暮らしていたルウィー人たちが、ある時期に連合国を形成したという。その目的は、東の強国・ヒッタイトを攻撃するためであった。この時期にルウィー語族の国家が連合して強大な軍事力を持ったことが、ヒッタイト語の史料にも残されているということだ。

 そしてもちろん、連合した諸国が同じルウィー語を話していたことが連合国内のコミュニケーションに大いに有利に働き、会議や作戦行動などがきわめてスムーズに行われたという。そして今からおよそ3200年前に、このルウィー語族連合はヒッタイトに陸路と海路から攻め入り、首都のハットゥシャを陥落させて侵攻作戦を成功させたのだ。この戦いでヒッタイトの多くの寺院や宮殿が破壊され失われたということだ。

 戦いに勝利したルウィー語族連合はその後しばらくの間さらに勢力を拡大し続け、現在のギリシャ北部からレバノンにまで支配地域を拡げたという。これまであまり顧みられることのなかったルウィー人だが、実は今から3000年以上も前に世界の表舞台で光り輝いていた時期があったということになる。

 しかしルウィー人に訪れたこの栄華は残念ながらそう長くは続かなかった。古代ギリシアのミケーネ諸王国の連合軍が、皮肉にもルウィー人がヒッタイトを攻めた時と同じように西から攻め込んで沿岸の港を次々と奪取。そのまま快進撃を続け、これがトロイア戦争と呼ばれる大戦争に発展したのである。支配地域を拡大しすぎたルウィー語族連合は海の守りがまったく手薄になっていたということだ。「海の民」が勝利におごって海を忘れてしまったということなのかもしれない。

endofbronzeage2.JPGヨハン・ゲオルク・トラウトマン作『The Burning of Troy』(1759年) 画像は「Wikipedia」より

 ミケーネによる容赦ない掃討作戦で、不幸なことにルウィー人は歴史から姿を消すことになる。しかしルウィー人だけではなく、東地中海文明そのものがこの後収拾のつかない戦乱の時代に突入し、文明の滅亡という最悪の事態を迎えることになるのだ。

 ツァンガー氏のこの新説にはまだまだ証拠不足な点があるとして専門家からもいくつか批判の声が上がっているが、青銅器時代後期の東地中海という研究対象に光が当てられたことは大きな意義があるだろう。今後の研究の進展を興味深くチェックしたい。
(文=仲田しんじ)


「The End of the Bronze Age」 動画は「Luwian Studies」より


参考:「Daily Mail」、「Luwian Studies」、ほか

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