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宮下規久朗『刺青とヌードの美術史 江戸から近代へ』(日本放送出版協会)


【本と雑誌のニュースサイトリテラより】

 日本からタトゥーを彫る、「彫師」がひとりもいなくなってしまうかもしれない──刺青を彫る行為は医業であるとし、医師免許を持たない彫師の摘発が相次いでいる問題について、議論を呼びかける声が本格化している。

 先月には、「一般社団法人セーブタトゥーイング」が主催して大阪でシンポジウムが開かれた。このイベントには、彫師の岸雅裕氏や、刺青問題に取り組んでいる民進党の初鹿明博衆議院議員なども登壇し、タトゥーを取り巻く問題点についてディスカッションが行われた。

 このように現在、タトゥーを彫る人・タトゥーを愛する人双方で真剣に問題に向き合う機運が生まれているわけだが、では、まず、なぜいま刺青が問題になっているのかについて簡単に振り返ってみたい。

 騒動は、昨年8月に大阪の「チョップスティックタトゥー」、同年11月に名古屋の「エイトボールタトゥースタジオ」の彫師が、医師法違反容疑で相次いで逮捕されたことから始まった。

 逮捕となった根拠は、医師法第17条「医師でなければ医業をなしてはならない」に対して2001年に出された厚労省通達に「針先に色素を付けながら皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」を医師法の適用範囲に含むと書かれていることにあるのだが、このような通達が出来上がった過程には明らかに行政による刺青に対する認識不足がある。

 逮捕の根拠となった通達はもともとタトゥーではなく、アートメイクの分野で健康被害が起こっていたことから設けられたものだった。なので00年に出された通達ではアートメイクのみを対象とするものであったのだが、それが翌年の通達でなし崩しにタトゥー全般にも適用できるような文になってしまったのである。5月2日放送「BAZOOKA!!!」(BSスカパー!)に出演した彫師の岸雅裕氏は、その経緯をこのように語っている。

「この通達はもともと、美容メイク、アートメイクの方でアイラインを入れたりとか、眉毛にタトゥーを入れた時に、目元っていうのはすごく難しいんですね。で、アートメイクの機械っていうのは、ほとんどタトゥーマシーンをちょっと簡単に、軽くしたもので、機能というか構造は変わんないんですよ。で、それで健康被害が出て、センターに苦情が出て、それで通達のなかで最初は「アートメイクの機械を用いて針先に色素を付けて皮膚下に入れてはいけない」っていう通達だったんです。アートメイクに限った通達だったんですね。その通達が出た翌年に「アートメイクの機械を用いて」という言葉が除かれて、広くタトゥーにも応用できるようなかたちになってしまった」

 このような経緯については前述の初鹿議員も「SPA!」(扶桑社)16年5月31日号のなかで「今、大阪の彫師さんが裁判で争っていますが、あの摘発のもとになった厚労省の課長通達は、行政の傲慢そのものです。彫師がどんな手順で、どういう場所で刺青を入れているかも知らないのに、これは医者でなければできないと言う。そしてこれまで何十年も業として認められていた仕事を、通知一枚で突然禁じてしまうなんて、やりすぎです」との認識を示している。

 行政がこのように「傲慢」な通達を出してきた裏には、刺青に対する偏見、「日本から刺青を彫る文化などなくなっても構わない」という考えがあるのだろう。彫師全員が医師免許を取るというのは現実的ではないし、では、現在医師免許を持っている医師が芸術性の高い刺青を彫ることができるかといったら、おそらく彫ることのできる医師などほとんどいない。そんなことは少し考えれば誰でも分かることだ。

 だから、海外でも彫師に医師免許を必要とさせている国などない。初鹿議員はこう解説している。

「海外では「刺青は医師がやらなければならない」などと規定している国はどこにもない。許可制や届け出制を敷いて、行政が一定の権限をもって管理下に置いている」(前掲「SPA!」より)

 ここ最近になり、ロック・ヒップヒップなどの音楽や、スポーツ文化からの影響でファッション感覚のタトゥーが若者を中心に広く受け入れられるようにはなったが、それ以前は刺青というと反社会勢力のイメージが強くあり、その印象は日本社会から現在も消えてはいない。

 周知の通り、江戸時代から刺青は刑罰として用いられてはいたが、その時代の刺青は、遊女と客の愛情の印としての「入れぼくろ」や、火消し・鳶職人・飛脚といった職業の人々に愛されるなど、町人文化の「粋」として受け入れられていたものであった。

 その潮目が変わったのは、明治以降。欧米人の目を気にした政府が警察犯処罰令により刺青を処罰の対象としてしまったのだ。これは第二次世界大戦後まで続き、「刺青は、禁止された七十六年の間にすっかり裏社会のものになってしまったのである」(宮下規久朗『刺青とヌードの美術史 江戸から近代へ』日本放送出版協会)とされている。

 しかし、そんな政府の対応とは裏腹に、日本の彫師たちの技術は欧米各国から高く評価された。東京外国語学校(現在の東京外国語大学)で教壇に立ったロシアのレフ・メーチニコフは明治7年に来日した際、「素晴らしいのは、こうした彫りものをした人々が、腰に巻いた秘めやかな手ぬぐいのほかにはなにひとつ身につけていないのに、見る者に裸体の印象を全然与えないということだ。入墨こそは裸の人間の衣服なり、と言うのもむべなるかなである」(前掲『刺青とヌードの美術史』)と語ったと言う。

 また、ヨーロッパ各国の王室も日本の刺青を愛し、明治14年にジョージ五世が来日した際に刺青を入れたのを皮切りに、ロシアのニコライ二世やイギリスのアーサー王子なども続々と日本で刺青を入れたと伝えられている。日本の彫師の技術に惚れ込んだ海外の人が来日時に刺青を入れる構造は現在でも変わっておらず、最近でもレディー・ガガが大阪のタトゥースタジオで刺青を入れたエピソードはニュースにもなった。

 以上見てきたように、日本ではもともと刺青は暴力団組員だけがしているものでは決してなかったし、海外の人々からも高く評価されるものであったのだ。

 このように、現在行われているタトゥーに対する不当な迫害には問題があるのだが、では、彫師の側が完全に正義で、この問題のすべてが刺青文化を解そうともしない行政の側に問題があるのかと言えば、そうでもなく、彫師にもまったく問題がないわけではない。特に、衛生面の問題は強く指摘されている。

 ほとんどのタトゥースタジオが、針を使い回さない・施術中はきちんとゴム手袋をするなど、衛生面で当たり前にやるべきことをやっている一方で、少数そうでない人たちもおり、それが原因でタトゥースタジオがC型肝炎などの感染源になっていると言われている。今回の騒動もこの衛生面の問題が原因の大きな一つとなっているのだが、そのような状況を鑑み、彫師の岸氏と一緒に前掲「BAZOOKA!!!」に出演した弁護士の吉田泉氏は今後の日本の刺青文化を守るためどうすればいいかをこう語っている。

「「針を身体に入れるという行為なので医師法違反」というのは馬鹿げてますけれども、かといって無制限でいいのか、何もなしで野放しでいいのかというとそれも違うかなと思います」
「いま考えているのは、岸さんをはじめ一流の方々が最低限守っている衛生面の基準というのがあって、それを抜き出してガイドライン化して、で、「彫師の方々、これ守ってくださいね」というような法整備をしていくべきだと考えています」

 都市部を歩けば腕や手などにタトゥーを入れた外国人観光客とすれ違うことは珍しいことでもなんでもない。東京オリンピックを機にさらなる観光事業の発展を考えるのであれば、「刺青」「タトゥー」に対し日本人がどのような認識をもつのか、偏見を取払い、改めて考え直してみる必要があるのではないだろうか。
(井川健二)

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コメント

2:匿名2018年8月31日 12:55 | 返信

まあ 理容店で顔そり等するにも免許がいるわけで明確に体に傷つける彫師が野放しなのはまずいですね。
彫師擁護する人はそのための免許創設以外無駄だと思います。

1:T. I.2018年5月 5日 13:05 | 返信

判決出てたんだ。
それにしても、被告側は馬鹿げた言い分ばかり。

刃物や針で他人を傷つけたら、ふつうは傷害罪になる。しかし医師免許を持つ医師が手術をしても罰せられないのは、「病気を治し、命を救うためにやむをえない」という理由があるから。「単なる身体装飾、ファッション」なんて理由が、針で皮膚に傷を付け色素を入れるという「侵襲性の行為」の免責事由になるわけがない。問題外。「入れ墨は病気やケガの治療を行うという医療行為にはあたらない」という被告側の主張は、「自爆」以外の何物でもない。

さらに亀石主任弁護人の発言。
「医師でなければタトゥーを彫ることが出来ないとしたら、この国から彫り師という職業はなくなります」
→はい、なくていいです。
「日本の文化、伝統が失われます」
→江戸時代まで行われていた「入れ墨」は現在の「タトゥー」とは手法が異なっており、「入れ墨」の文化と伝統は「とっくに失われています」。
「タトゥーは日本の社会で嫌われがちな存在です」
→そうです。だから日本の社会には「入れ墨」も「彫り師という職業」も要らないのです。

弁護団長の三上弁護士。
「医業の『医』という言葉は、病気やけがを治すことです。これに対して、タトゥーを彫ることは表現行為やファッションとして行われています。誰がタトゥーを彫るために病院に行こうと思うでしょうか。タトゥーを彫る行為を医業ということは、明らかに日本語の意味から外れていて、法解釈の限界を超えています」
→上に書いた通り、これは「自爆」。「法解釈の限界を超えている」のではなくて、「法解釈の前提の段階で問題外」なんです。

立教大大学院の辰井聡子教授。
「『危険性があるから医師免許が必要だ』という話に終始していたが、入れ墨に一定の危険性があるからと言って5、6年間医学部に通って医師免許を取らなければならないのは、誰がみてもおかしいと分かる」
→これも上の話で否定できる。医師の手術は「病気やケガを治療するため」だから許されているのであって、「安全面・衛生面に最大限の配慮をしているから」許されているわけではない。それは目的のために当然求められる常識にすぎない。まして「単なる身体装飾のため」に皮膚に傷を付ける行為が、「安全面・衛生面に最大限の配慮をしているから」許されるわけがない。(判決では被告のその方向での努力を罰金額の減額理由にしているけど、免責はしていない。)
 ただ、辰井教授の「別の制度が必要」という意見については、否定はしない。アメリカのように、医師法とは別枠の制度で彫り師の認証を行い、合法化するなら、日本でも彫り師という職業は認められるだろう。しかしそれがない現状では、違法は違法。犯罪は犯罪。
 「そういう制度を作れ!」って運動でもすればいいじゃん。支持者いっぱいいるんでしょ? おれは支持しないけど。
 そういう制度できてから堂々と営業すりゃいいじゃん。でも、それがないうちは違法は違法。犯罪は犯罪。

京都大大学院の高山佳奈子教授。
「戦前は入れ墨を処罰する法律がありました。戦後になってGHQが来て、この罰則が廃止され、入れ墨は自由化された。その後、一部の地方自治体で青少年に対する入れ墨を処罰するようになった。このような法律状態の中で、明治時代からある医師法違反の罪で処罰するのはおかしいのでは」
→何言ってるかよくわからないのだが、「入れ墨をめぐる法規制が二転三転しているのに、明治時代からある医師法で処罰するのはおかしい」って話?
 2001年の厚生労働省通知が出るまでは、「野放し」だったんじゃなかったかな。ところが脱毛の針施術か何かで感染事故があり、「考えてみれば皮膚に針刺すのって、危険だよね」ということで規制に乗り出した、と。そういう場合に、わざわざ新法を作ったりせずに、既存の法で対処できるならそうするのは当たり前。厚労省は医師法の運用で十分と考えたんでしょう。別に問題はないでしょう。

さらに高山佳奈子教授。
「今日の有罪判決の実質的な理由は、けがや病気をさせる恐れがある行為は医師免許を取ってなければならないという点です。しかし、そのような行為は世の中にいくらでもある。理容店はどうでしょうか。料理はどうですか。スポーツは。SMクラブはどうでしょうか」
→理容店、料理、スポーツ、SMクラブ……って、「そのような行為」なんですかね。「意図的に」傷を負わせる行為なんですかね。ちがうでしょ。どれも「できるだけケガを避けるように」行われているのであって、何か特別な目的があって、やむをえず意図的に傷を付けているわけじゃない。問題の次元がまったく異なっており、なんら有効な反論になってない。

 結論。
 本案件の一審判決は正しく、高裁でも最高裁でも同様の有罪判決が当然。
 警察も遠慮せずにバシバシ摘発すべき。犯罪なんだから。

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