意図を超えてやってくるものを意図的に働きかけるパラドクスとは? シュルレアリスト・瀧口修造が追い求めた「デカルコマニー」

意図を超えてやってくるものを意図的に働きかけるパラドクスとは? シュルレアリスト・瀧口修造が追い求めた「デカルコマニー」の画像1瀧口修造 画像は「ギャラリー ときの忘れもの」より引用

■両次大戦間における日本のシュルレアリスム

 声の小さい人だったという。無名アーティストの個展に現われては、微かな声で感想を述べ、その場を後にする。これが瀧口修造の好んだ活動のスタイルだった。もともと詩人として出発し、その後はアンドレ・ブルトン(自動記述で有名なフランス人シュルレアリスト)の本や活動をさかんに翻訳・紹介したが、自身も数々の作品(後述するデカルコマニー等)を残したので、美術批評家や詩人という前に、ひとりのシュルレアリストだったといえるかもしれない。

 そんな瀧口修造が、「アヴァンギャルド芸術家クラブ」なるサークルを結成したのは1936年のこと。時代は両次大戦間。日本は急速に戦時色を強めつつあり、月例研究会にはきまって数人の特高刑事が臨席した。そして、ついに1941年3月5日、「警視庁特高刑事三名に寝込みを襲われ」、瀧口修造は8カ月の勾留生活を強いられることになる。

 罪名は「治安維持法違反容疑」で、逮捕の理由は「シュルレアリスム」。パリでルイ・アラゴンらシュルレアリストたちが共産党へ入党したこともあり、共産主義との関わりを疑われたとの説もあるが、ひとことで言えば、当時の日本では「シュルレアリスム=危険思想」と見なされたためだった。その後、東京大空襲で手持ちの資料のほとんどを失うこととなり、戦前、瀧口修造を中心になされようとしていた日本におけるシュルレアリスム受容は、ほぼ失敗という形で収束に向かったのだった。

■瀧口修造と澁澤龍彦のシュルレアリスム観

 オートマティスム(自動記述)の理論については以前の記事でも触れたが、逮捕当時から晩年に至るまで瀧口修造はおもに、このオートマティスムの側面からシュルレアリスムというものを捉えていたようだ。

 ちなみに澁澤龍彦は、これも以前触れたが、コラージュやアンソロジーという側面からシュルレアリスムを捉えていたようで、この点、瀧口修造のシュルレアリスム観と異なるが、オートマティスムもコラージュもシュルレアリスムの一側面であることには違いない。

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