【閲覧注意】12歳になれば即レイプ、市長は児童ポルノで逮捕…! 少女たちの“性地獄”、絶海の孤島「ピトケアン島」の深すぎる闇

【閲覧注意】12歳になれば即レイプ、市長は児童ポルノで逮捕…! 少女たちの性地獄、絶海の孤島「ピトケアン島」の深すぎる闇の画像1イメージ画像:「Thinkstock」より

 今年3月、ニュージーランドと南米の中間に位置する南太平洋の小さな島、イギリス領ピトケアン島の元市長が、児童ポルノを所持したとして有罪判決を受けた。元市長は、1,000以上もの少女たちのポルノ画像や動画を所持しており、中には6歳の幼女の画像もあったという。2008~13年まで市長を務めていたこの男が、児童ポルノを収集し始めたのは、島にインターネットが導入された2004年から。市長時代、彼は「島の風習である少女との性交渉」を断ち切ろうと活動しており、逮捕時「少女との性交渉がどういうものかを学ぶためにダウンロードした」と主張。しかし、15歳の少女とセックス・チャットをしていた履歴が発見され、趣味で集めていたことを自白した。

 ピトケアン島はイギリス連邦に属し、政治的にはニュージランドとの結びつきが強い(島の総督はニュージーランドから派遣される高等弁務官)。そのため、元市長の裁判はニュージーランドで行われた。児童ポルノの取り締まりが厳しいアメリカならば禁錮10年以上は固いが、元市長に科せられた懲役は、わずか禁錮20カ月。なぜこれほど短いのかというと、元市長は87歳の年老いた母親と2人暮らしであり、島民50人にも満たない小さな島では、この母親を長期間サポートできる人が誰もいなかったため。そして何よりも、この島の風習として受け継がれてきた“少女との性交渉”が深く関係している。

 そう、この島では長年にわたり「少女は12歳になったら男性と性交渉を持ち、15~16歳までに第一子を出産する」のが”普通”だったのだ――。


■ピトケアン島の奇妙な歴史

 ピトケアン島に人が住むようになったのは、1789年に起こった「バウンティ号の反乱」がきっかけである。この反乱は、「奴隷の食料である植物をタヒチから南インド諸島まで運んでいたイギリス海軍バウンティ号で、横暴な船長に対して航海士たちが反発した」という事件。反乱者たちはタヒチ人を乗せたままピトケアン島へと流れ着き、船を解体して小屋を作り、自給自足の生活を始めたのだ。その後、反乱者同士や、タヒチ人との間で争いが勃発したが、子孫が途切れることはなかった。2016年7月の現時点で、42人が島に住んでいる。

 反乱者の最後の生存者がキリスト教信者だったため、現在の島民たちはキリスト教を信仰しており、基本的に平和主義者である。周りの島々は無人島で、ニュージーランドからも遠く離れているため、時々やってくる貨物船などに物資を運んできてもらう。船に乗って観光客が来ることもあるが、そもそも観光地ではないため数は少ない。イギリスからやって来た教師や社会福祉事業担当指導員らが滞在することもあるが、外部との接触は極めて少ない。

■ある女性の告白により、島の恐ろしい風習が判明!

 そして1999年、このピトケアン島に出向したイギリスの女性警察官に対し、島に住む十代の少女が「島の男たちに強姦された」ことを告白した。しかも、島のいたるところで少女たちが強制的に性交渉させられているというのだ。幼い少女たちが、日常的に年上の男たちと無理矢理セックスさせられている――衝撃的事実に触れた女性警察官は、ロンドンに戻ると、すぐに実態を報告。島に2人の捜査官が派遣され、調査が開始されることになった。

 調査が行われていた当時、島に道はなく、島民の足はもっぱら四輪駆動車だった。電話もテレビもなく、電気が流れるのは1日に数時間。島民は英語とタヒチ語が混ざった独特の言葉で会話をしていた。島には6~15歳の子どもたちが通う学校が1校しかなく、放課後は島中が遊び場だった。しかし、楽しい思い出がある一方、少女たちは「1人で男と一緒にならないこと」を常に心がけていた。親戚の男性や近所の男性、顔見知りであったたとしても「2人きりになったら強姦される可能性が大」だったからだ。

 5年間に渡る調査の結果、ニュージーランドをはじめとする海外に移住した島の女性たち32人が「少女時代に性的暴行を受けた」と証言。加害者として、島の男たち31人の名前が挙がった。その中にはすでに死去した者も多かったが、女性たちが長年苦しめられていた事実が浮き彫りとなった。強姦はないと主張した島の女性たちも「全て合意の上でのこと」としながら、「未成年の少女たちがセックスをしている」ことは認めた。


■島の経済は少女の“性”が担っていた!

 ピトケアン島では、200年もの長きにわたり「女は12歳になったら性交渉できる」ことが常識とされていた。15、16歳で第一子を出産する女性も多いが、相手が自分より少し年上の少年や青年の場合には、そのまま夫婦となることも多かったようだ。

 ところが近年になり、「女は12歳になったら性交渉できる」という風習を、島の大人たちが利用し始めるようになった。貨物船の船員や観光客に、少女とセックスをさせ、金を得る。つまり、児童買春で稼ぐようになったのだ。一昔前まで、ピトケアン島は現地で作った切手を売ることで外貨を稼いでいた。しかし現在、切手収集をする人は少ない。切手が売れないため、その代わりに「この島では、12歳の少女とセックスするのは合法だ」と、少女の性を売るようになったというわけだ。

 現在、島の少年少女たちの多くは、16歳になると高校に進学するためにニュージーランドに渡る。そして、その子どもたちが島に戻ることは少ない。古い世代の女性たちは「この島では12歳で性交渉しても問題ない」と納得しているが、新しい世代の少女たちは「そのような生活は地獄だ」として嫌悪感を抱き、結局は島に帰りたがらないのだとされている。

■裁判で語られた生々しい真実

 調査が終わった2004年、島の代表としてイギリス王室とも対面したことがあるスティーブ・クリスチャンを含む7人の男が、児童虐待や性的暴行の罪で正式に起訴された。そして、イギリスから任命されたニュージーランドの裁判官3人が島へと渡り、小さな裁判所で陪審員なしの裁判がスタートした。

 スティーブに強姦されたと主張した女性は、現在ニュージーランドに住んでおり、ビデオテープで「11歳の時、13歳だったスティーブにレイプされた。彼の友人が私が動けないように体を押さえつけ、森の中で強姦された」と証言した。さらに「12歳のとき、21歳だったスティーブにドライブに誘われ、人気のないところで強姦された」と明かした女性もいた。「若い頃のスティーブは、仲間と一緒に少女たちとのセックスを楽しんでいた」という証言もあった。しかも、スティーブの義兄は“17歳の時に5歳の幼女を強姦した”罪に問われている。

 一方の、スティーブ本人は「セックスはしたが、強姦はしていない。全て合意の上だ。相手の年齢に関してはイギリスの法律なんて知らなかったから、島の風習に従った」と無実を主張。弁護士も、「あまりにも古い話で(女性の証言には)信憑性がない」「島民はイギリスの主権下にはないため、イギリスの法律に基づき裁くことはできない」「1950年代にイギリスで定められた『16歳以下との性行為を禁じる』法律は、島民に公布されていない」などと訴えた。

 しかし裁判官は、「嫌がる少女と無理矢理性交するのは罪以外のなにものでもない」として、この訴えを却下。女性たちの話を全面的に信用し、スティーブを含む6人の男たちに有罪判決を下した。それでも、スティーブに科せられたのは禁錮3年、一番重い刑を受けたスティーブの息子でも禁錮6年だった。

 裁判中、ピトケアン島の女性たちの中には、「ポリネシアンの女性は成長が早い。だから12歳でもセックスが可能な年になる」「その年になるとセックスしたいと思うようになる」と男たちをかばう者もいた。裁判官は、「12歳の少女と少年との性行為を問題にしているわけではない。幼女や少女が、成人男性にセックスを強要されるのが問題なのだ」と諭したが、男たちは最後まで納得いかない顔をしていたと伝えられている。

 被害を受けた女性たちは「いけないことだと理解していたが、相談する相手がいなかった」と口を揃える。島では誰もが顔見知りで、親戚ばかりだったので、助けを求めることはできなかったというのだ。また、島には独自の法律も作られていたが、みながこれを無視しており、女性たちを守るものは何もなかった。

■あまりにも深いピトケアン島の闇

 裁判の後、ピトケアン島には警察官2人と社会福祉事業担当指導員2人が派遣され、頻繁にパトロールするようになった。しかし、仲の良かった島民たちは、強姦の被害者を支援する島民と、加害者を支援する島民に割れ、完全に真っ二つになった。

 海外在住の被害者の多くは、「裁判にビデオテープを提出しないように」とプレッシャーをかけられていたことも後に判明する。それでも被害者たちは、「これ以上、少女が犠牲にならないように」と勇気を振り絞って告白したのだが、加害者をかばう島民は「警察に金をもらって証言した」と今でも思い込んでいる。スティーブも「自分は島のリーダーだからターゲットにされた。イギリスはこの島を基地にしたいんだ」と信じている。つまり、一連の裁判は陰謀だったと考えているのだ。

 裁判にかかった費用は、総額10億円以上。裁判が終わってからも、イギリスは島に大金を投入し、港や道路を整備し、電気はもちろん衛星テレビも見られるようになった。そしてインターネットも普及し、現在の島民は外の世界に触れることができる。観光客も増え、生活は豊かになった。それでも、冒頭のように新しく導入されたインターネットを通して、児童ポルノ画像や動画を収集して逮捕される島民が出てしまった。つまり、裁判を経てもなお、一部の島民にとって少女たちは性的欲求を満たす対象でしかないということが明らかになってしまったのだ。

■ピトケアン島の未来は……!?

 今月に入り、イギリス政府はピトケアン島で働く「家族と地域社会アドバイザー」を募集すると発表。「この2年間でピトケアン島の人々は、だいぶ変わった」と強調した上で、「過去の過ちを認め、島全体で少女を守り、前に進もうとしている。その手助けをしてくれるアドバイザーを必要としている」と説明した。

 しかし、ピトケアン島出身の女性(イギリス在住)は、「世界中から、少女とセックスしまくる野蛮な伝統を持つ島だと思われている。それに島の大人たちは、今でも何が悪かったのか分かっていない。見えないところで、島の少女たちへの悪夢はまだまだ続いているのではないか」と懸念している。

 ピトケアン島出身の女性は、「島に帰りたいと思うが、帰れない。大自然溢れる島で自分の子どもを育てたいが、男たちの餌食になるのかと思うと、恐ろしくて帰れないのです」と涙ぐむ。「男の欲望の赴くまま、嫌がる少女たちの感情など構うことなく、島のいたるところでセックスしてきた」という最悪な風習が、つい最近まで続いていたピトケアン島。この島が抱える闇は、あまりにも深い。


参考:「RNZ」、「the guardian」、「The Telegraph」、「The Daily Mail」、ほか

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