
ピエール・モリニエと聞くとまっさきに思い出されるのは、女装姿でのセルフ・ポートレイトである。ハイヒール、コルセット、黒いストッキングを身につけたモリニエは、顔をアイマスクで覆いながらもニヒルな笑みを浮かべている。平たい胸や股間の膨らみからそれが男性(彼自身)であることは明らかである。それらは晩年のフォトモンタージュによって加工されたものも含んでいる。その写真だけを見せられたなら、筋金入りの性倒錯者姿に思わず目を背けてしまうかもしれない。だが、モリニエは、写真、絵画、フォトモンタージュなどの手法で独自の作風を構築し、アンドレ・ブルトンに見出され、50代にしてデビューしたシュルレアリスムの最終兵器ともいえる存在であった。そればかりか、彼は自らの性癖と芸術表現を高次なレベルで融合したことにより、21世紀においてもタブー視されるような性倒錯の領域をアート作品として残しているのである。
さらにモリニエの異端ぶりを強烈に印象づけているのが、ピストル自殺である。1900年生まれのモリニエは、老いと病気が創造性を蝕み始める頃には自らの意志でその命を絶つ事を公言していた。1976年3月3日、その約束が果たされ、彼は横たえた自らの姿を鏡に映しながら拳銃を口に喰わえると引き金を引いた。その衝撃的な最期ゆえに、彼の人生そのものもひとつの作品として完成され、謎めいた魔術的魅力をふりまき、熱狂的な支持者たちの脳裏に焼き付いて離れない。