チベット仏教界の重鎮が教える“良く死ぬための7つの方法“! 私という牢獄から解放へ!

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チベット仏教界の重鎮が教える良く死ぬための7つの方法! 私という牢獄から解放へ!の画像4画像は「Thinkstock」より引用

4、瞑想が精神を解放する

 ソギャル師曰く、「我々はあらゆる物事を誤解するために精神活動を用いている」という。心はすぐに真理から離れる傾向があり、少しでも気を許せば、あらゆる中毒にはまり、自分を見失った奴隷状態に陥ってしまう。この状態から脱するためには、瞑想で精神の悪習を断つ必要があるとのことだ。

 さらに、「瞑想を学ぶとは、自分自身に対する最高のギフト」だとも。心の本性に到達できるのは瞑想を通してだけであり、よく生き、よく死ぬために必要な平穏と自信を見つけ出すことができると語る。「瞑想こそ悟りに至るための道なのです。あなたの心に何が起こっても、それに執着せず、あるがままにしておきなさい」


5、思い通りにはならない

 ソギャル師曰く、「未来の計画を立てるということは、干上がった川に釣りに行くようなもの」だという。当たり前のことであるが、全ての物事が思った通りに行くわけではない。計画や野望といったものは執着の原因にもなるので、捨ててしまった方がいいとまで語っている。

6、無常と謙虚さ

 ソギャル師曰く、「生まれたものは必ず死にます。集められたものは必ず散ります。蓄積されたものは消費されます。建てられたものは崩れます」とのこと。全ては無常であり、何ひとつとして変化しないものはない。この真理を悟らないことで、執着心が生まれ、恐怖や死への嫌悪なども増幅される。“無常の真理を謙虚に受け入れること”が大切ということだ。

チベット仏教界の重鎮が教える良く死ぬための7つの方法! 私という牢獄から解放へ!の画像5画像は「Thinkstock」より引用

7、分別の視覚的イリュージョン

 ソギャル師曰く、「人間は全体の一部、つまり時間と空間に限られた宇宙の一部分に過ぎませんが、我々はそれぞれの視点を持ち、その視点からしか物事を見ることができないため、自分以外のものは自分とは関係がないと思いがち」だという。そして、瞑想の目的、ひいては仏教の課題は、「私という牢獄からの解放」にあるとのことだ。

 物事を自分の視点から解釈してしまう精神の働き「分別」を離れること、これが幸せに死ぬために必要である。それは、あたかも慈悲の輪のなかに、一切衆生と森羅万象を包みこむようなものだという。

 如何だったろうか? ご覧のようにチベット仏教では、幸福に至る手段として、瞑想がかなり重要な位置を占めているようだ。実践することは難しいかもしれないが、その基本にあるアイデアは普遍的なものだと言えるだろう。興味のある読者はソギャル師の著書を紐解いてみるのも良いかもしれない。
(編集部)


参考:「EWAO」、ほか

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