共産主義が日本を崩壊させる ー 民族の生死を分ける真実の陰謀話【元公安が暴露】

■巧妙なすり替えと共産主義の歴史

共産主義が日本を崩壊させる ー 民族の生死を分ける真実の陰謀話【元公安が暴露】の画像4レフ・トロツキー(Wikipedia)より

 日本共産党は1922(大正11)年に「共産主義インターナショナル」(通称コミンテルン)日本支部として結成された。これは、ロシア革命を成功させた後、「世界同時革命」を計画していたトロツキーらによって「革命の輸出」としてもたらされたものだった。

 もちろん、基本理念は旧ソ連と同じく、共産主義革命に反対する者すべてを「人民の敵」「反動勢力」とみなして弾圧するという「プロレタリアート独裁・暴力革命論・階級国家観」の“3理念”を掲げたものだった。これは共産党を否定する者すべてを排除する「共産党独裁」を意味するもので、旧ソ連で聖職者や非共産主義者が差別、強制労働、投獄、殺害等、あらゆる残虐方法で抹殺された事実を考えればその恐ろしさがわかるはずだ。だが、当時の貧しい日本人にはこの理念が響いてしまった。意外にも共産党が36議席を取るなど国民の支持を得たのである。

共産主義が日本を崩壊させる ー 民族の生死を分ける真実の陰謀話【元公安が暴露】の画像5ヴィーンヌィツャ大虐殺(スタータリンによって粛清されたウクライナの人々)

 これについて当時のアメリカは、社会実験として日本でどのように共産主義が根付くかをモニタリングしていた立場から、大変興味深く日本をみていたという。

 そして1951(昭和26)年、日本共産党は「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」とする「51年綱領」が決定され、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」と暴力を全面肯定する方針を打ち立てる。

 続く1952(昭和27)年、共産党による大規模かく乱騒動「血のメーデー」「吹田事件」「新宿駅事件」「大須騒擾事件」と続き、勢いをつけるかのようにみられたが、多数の死者を出すなどして国民から反感を買い、大幅に議席を減らす。そして1958年、立場が危うくなった共産党は方針転換を行うことを決断。

共産主義が日本を崩壊させる ー 民族の生死を分ける真実の陰謀話【元公安が暴露】の画像6血のメーデー」Wikipediaより

 しかし、方向転換は表向きだけで、腹の内は違った。「まだ革命の時期ではない。だから、ここは国民の支持を得るために本性を隠しておこう」そう考えていたのだ。

 ここで誕生したのがかの有名な「微笑戦術」である。耳障りのいいことだけを国民に伝えて騙し、その裏では暴力による革命を推し進める戦法だ。共産党はこれまでとうって変わって「暴力」「独裁」「革命」など奇抜なワードの使用を控えてクリーンなイメージを強く推し出し、今に至る。しかし、暴力革命・プロレタリアート独裁といった「3つの基本理念」は崩していない。

 2015年、共産党は自民党政権の打倒のため、民主党(当時)、維新の党(当時)、社民党、生活の党(当時)と連立するという「連立政権構想」を掲げたが、これについて公安調査庁は「55 年前 の政府構想の焼き直し」と評し、「革命政党」であることに変わりはないとしている。いまだ日本共産党は「流血を伴う暴力革命」を計画しているのだ。


■純粋な共産党が残った最後の国「日本」

 旧ソ連や中国をみればわかるとおり、共産主義国家は結局のところ社会主義国や独裁国家にしかなれずに終焉し、資本主義へと向かっている。つまり共産主義は世界の誰もが認める“終わった思想“なのだ。にもかかわらずいまだ純粋な共産党が国政に影響を与える最後の国――それが日本なのだ。

 当然、かつては一番進んだ社会科学と言われた。だが、当初から社会の上層部と下層部をひっくり返しただけ、と喝破したバートランド・ラッセルなどもいる。結局はそういうことだったのだ。

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