奇習! 鎖国下での国際SEX交流によって生まれた西日本屈指の美男美女エリアとは? 住民が暴露した“裏歴史”

【日本奇習紀行シリーズ】 西日本

奇習! 鎖国下での国際SEX交流によって生まれた西日本屈指の美男美女エリアとは? 住民が暴露した裏歴史の画像1画像は「Pixabay」より引用

「唐人お吉」の名で知られる斎藤きち(1841~1890年)は、幕末期に日本へとやってきた米国総領事・ハリスの愛妾となったことで、当時は当たり前のように日本人の間で蔓延っていた外国人への差別と偏見により、その後年は非業の末路を辿ることとなってしまった。少なくとも、異国との交わりが大きく制限されていた“鎖国”政策と、その直後に出し抜けに行われた開国政策は、誠に理不尽な形で、多くの人々の人生を狂わせてしまったようだ。


「……ね? このあたりは、美男美女ばかりでしょう? そりゃそうですよ、今で言うところのハーフの子たちを、祖先に持つ人ばかりなんですから」


 待ち合わせ場所となった喫茶店の窓から見える若い通行人たちの姿を眺めながら、我々に対してそう語りはじめたのは、“西日本のとある地域”で生まれ育ったという、横山栄三郎さん(仮名・84)。実は、かく言う横山さん自身もそうであるが、かつてこの地域は、その特殊な歴史的背景から、欧米人男性と日本人女性との間に多数の混血児が生まれ、今に至っているのだという。


「江戸時代に鎖国ってあったでしょ? それはご存知ですよね。けれども、当時の幕府っていうのは、袖の下次第で、いくらでも目こぼししてたっていうのが実情で。だから表向きは小さな港町にしか見えないこの町もね、何百年もの間、唐だとか、南蛮相手のね、密貿易で栄えていたんですよ」

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