奇習! 「皮が余ってなければ話にならない」 ― 仮性包茎至上主義を掲げる寒村の“包皮を使った伝統儀式”とは?=東海地方

「あのね、その年に資格が得られた男はね、大晦日の夜にね、神社の境内へと集められてね、いきなりズボンを脱がされて、“ナニ”を披露させられるの。そう、村人全員の前で。そうだよ、同級生の女の子だの、親兄弟だのが見守る中で、だ。そりゃあね、恥ずかしいよ。なにせね、みんなが見てるんだもの。しかも、それこそ暮れの寒い時期だ。あなたも男ならばわかるだろうけれども、あれだけ寒い中でだ、いきなりむき出しにされたらね、いきり立つどころか、逆に縮こまっちゃう(笑)。けれどもね、出すわけ、男は。するとね、今度は斜めに立てかけられた台の上に仰向けにさせられてね、さらに丸見えの状態にされるわけなんだけれどもさ、そしたらね、夏の初め頃にとっておいたハスの花のね、枯れたやつを立てるの。そう、皮の先っちょで包むようにしてね、活ける感じ。それでもって、見事、花が倒れずに立ったら、成人と。そういう儀式よ」


 正直なところ、あまりに“チン妙”すぎて、門外漢である我々にとっては想像もつかない内容ではあるものの、いずれにしかり、余った「包皮」を使って、ハスの花を「生け花」のように生けるという儀式であることだけは事実である様子。たしかに、その内容だけを聞く分には、美容整形業界によって「無用の長物」とされてきた男性器の「包皮」が重要なものであるように思われてくる。


「あのね、この儀式が無事に終わらないと、男たちの世界じゃ、いつまでも子ども扱いだからね。だからみんな必死なの。なにせね、生まれてきた赤ん坊がだよ、男の子だってわかると、みんなで毎日、ちっちゃいナニの皮をひっぱるぐらいだからね」


 正木さんの話によると、その成長とともに露茎状態となってしまった当地の男児は、夜な夜な、家族総出で包皮を引っ張るという、いわば“皮伸ばし”とも言うべき行為に明け暮れることとなるという。そもそもなぜ、このような“チン妙”な儀式が当地に生まれ、現代もなお、ひっそりと受け継がれているかは謎であるが、少なくとも、自身の“包皮問題”に思い悩む世の男性諸兄にとっては、自身のアイデンティティを保つ上で、少なからず勇気付けられる話であると言えそうだ。
(取材・文/戸叶和男)


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