エベレストで死亡した登山家・栗城史多さん、関係者は落胆「無茶だと言える人がいれば…」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0
関連キーワード:

エベレスト

,

栗城史多

download522.jpg
NO LIMIT ノーリミット 自分を超える方法 

 何とも後味の悪い結末となってしまった。プロ登山家の栗城史多さんが21日、エベレスト下山中に死亡したことがわかった。35歳だった。栗城さんは2009年からエベレストの挑戦を試みるも、ことごとく失敗。2012年には下山途中に両手、両脚、鼻に重度の凍傷を負い、両手の指9本の大部分を失った。それでも情熱を持ち続け、今回8度目の挑戦となったわけだが…。

 栗城さんが挑んだのは、映画「神々の山嶺」でも描かれた最難関の「南西壁ルート」での単独・無酸素登頂。多くの登山者が使うノーマルルートとは次元の違う難度で、これまで上記の条件で山頂にたどり着いた者はいない。それを両手の指9本の第二関節から先がない栗城さんが挑むのは「無謀」だったのだろうか。

「彼は以前から有史以来誰も成し遂げたことのないエベレストの南西壁、単独無酸素登頂をブチ上げ、スポンサーを集めてきた。今回の挑戦も22日にネットTVの『AbemaTV』で生中継される予定だった。山岳関係者の間では、彼の大言壮語を心配する人も多く、本格的な登山雑誌では知名度の割には取り上げられていなかった」とは関係者。

 これまでもアルピニストの野口健氏や、エベレスト登頂6回の国際山岳ガイドの近藤謙司氏が「勉強しないのにお金もらって東大を受け続けているようなもんだ…」などと苦言を呈してきたが、栗城さんは聞く耳を持たなかったという。

 栗城さんは4月17日から、8度目のエベレスト登頂に挑戦。自身のフェイスブックで「苦しみも困難も感じ、感謝しながら、登っています」と伝え、今月20日には7400mに到達したことを報告していた。ところが翌21日に事態は急転。「体調が悪く、7400m地点から下山することになりました」と書き込んだあと、無線連絡が途絶え、標高6400mの「キャンプ2」から出発した捜索隊が21日に遺体を発見、収容した。低体温状態で発見されたという。

関連キーワード

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。