奇習! 炭焼き作業の帰り道、すっぽんぽんになった老若男女が…! 村に存在した“裸のつきあい”を経験者が語る

【日本奇習紀行シリーズ】 日本海側

 現在でも、日本各地に点在する温泉場などでは、地元の人々しか知らないような“秘湯”が存在し、近隣に暮らす人々にとっての社交場として機能しているが、今よりも「もっとおおらかな時代」においては、それこそ、老若男女問わず、すべての人々を対象とした“裸のつきあい”が行われていたのだという。


「うーん、ここいらで育った私みたいな人間にとっちゃ、それが当たり前のことなもんだからね、取り立てて話すような内容でもないのだけれども」


 自身が暮らす日本海側のとある地域で、古くから「当たり前のこと」として捉えられているという混浴の習慣についてそう語りはじめたのは、その幼き頃から、こうした習慣に慣れ親しんでいるという、元林業・河原崎源三さん(仮名・80)。河原崎さんの話によると、今でこそ利用者は少なくなっているというものの、古くから続く慣習により、当地の共同浴場では、現在もなお、男女混浴の状態が続いているという。


「嘘だと思うなら、そこいらの連中に聞いてごらんよ。みんな“そうだ”って言うから。もっとも、今でも入ってるのはじいさんやばあさんばかりなんだけどもな(苦笑)。そりゃあ、昔はね、子供から大人まで、みんなで一緒に入ったものだよ。っていうのもね、昔、このあたりじゃ村中総出で炭焼きをしていたものでね。それこそ、子供から年寄りまで、みんながみんな、体中を煤だらけにして働いていたもんだよ。それで、一日の作業が終わるとね、みんなで一斉に風呂へ行くと。そういうのが当たり前のことだったんだよ」

奇習! 炭焼き作業の帰り道、すっぽんぽんになった老若男女が…! 村に存在した裸のつきあいを経験者が語るの画像2画像は「Thinkstock」より引用

 たしかに、村全体が「炭焼き」の作業を通して、独特な連帯感を持った関係にあれば、こうした“裸の付き合い”が存在していたとしても、何ら不思議ではないところ。とはいえ、いくらそこまで親密な関係であったとしても、所詮は家族ではない近隣住民同士。まったく意識しなかったかと言えば、必ずしもそうではなかったようだ。


「そりゃあね、いくらおおらかな時代だってさ、隣近所の女衆が、すっぽんぽんで同じ風呂に入ってるんだもの。何も感じないか? って言えばウソになる(笑)。私なんかもね、子供の頃は良かったんだけれどもさ、だんだん色気づくような年頃になってくると、(女性の裸を)見たいし、(自分の裸を)見られたくないしで、そりゃあもう大変だったよ。けれども、変にコソコソしてもおかしいからね、結局は腹を決めて丸出しよ。同じ年頃の女の子なんかと見せ合いしたりしてね(苦笑)。ありゃあ、いい思い出だよ」


 幕末期から明治初頭にかけて来日した外国人たちの中には、それまでの日本において「当たり前のこと」とされていた混浴文化に仰天し、その“未開文化”について揶揄しつつ、厳しく批判した者も少なくないと聞く。しかしだからと言って、彼ら“よそ者”たちの言うがままに、古くから続く文化や伝統をうち棄てることが正しいかと言えば、些か疑問に感じるところだ。そうした意味で言えば、今回の河原崎さんによる話、習慣そのもの以外の部分についても、いろいろと考えさせられる話であると言えそうだ。

文・取材=戸叶和男

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