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【日本奇習紀行シリーズ】 東北

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画像は「Thinkstock」より引用

 現代でこそ、男女ともに“晩婚”の傾向が強いものの、かつての日本では、こうした“晩婚”と対極に位置する“早すぎる結婚”が目立つ傾向にあった。事実、あの戦国武将・伊達政宗は、わずか13歳の頃に、三春城主・田村清顕の娘である愛姫(当時12)を正室に迎えており、こうした“若すぎる婚礼”の事例は、かつての日本では当たり前のように存在してことが窺い知れる。無論、そうした時期においては、それこそ、“人間五十年”ではないが、二十歳を迎えるよりも早く子宝に恵まれ、三十路を過ぎた頃には、自身が祖父母となり、その後、還暦を迎えるよりも前に他界することも珍しくなかったというのだが……。

「いくら“昔は結婚が早かった”って言っても、まだ“毛”も生えてないような子供たちが結婚っていうのはね……今、同じようなことをやったら、すぐにニュースのネタにされてしまいそうだよ(苦笑)」

 自身が生まれ育った東北のとある寒村で、昭和20年代半ばまで行われていたという、“早すぎる結婚”の習慣についてそう証言するのは、現在、故郷を遠く離れた北海道・函館で、長女宅に身を寄せる形で余生を過ごしている金上道夫さん(仮名・81)。金上さんの話によると、当地における“かつての結婚”は、そもそも両親によって決められるものであり、言ってしまえば、当世の若者にとって当たり前のものとなっている自由恋愛ですら、まったく無縁ものとして捉えられていた時代ならではのものであったという。

「もともとあのあたりじゃね、生まれて間もなくさ、同じような年頃の子供を持つ親同士が相談しあって、結婚相手を決めるのよ。それで……そうだな、だいたい10歳頃になるとね、実際のその相手とね、式を挙げて結婚するわけなんだけれども、その時の儀式がね、ホント、おかしな話で」

コメント

1:匿名2018年9月 3日 20:11 | 返信

今でもこの手の作文を信じる人って居るんだろうか
居るとしたらどういう人なんだろう。ちょっと興味ある

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