カルト映画レビュー 第3回

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント5

●作り物が本物になる

 結局、戸田城聖がどんな人間だったのかは知らないが、僕の中では完全に丹波哲郎になっている。

 また、作中たまに時代劇パートがある。日蓮大聖人を演じる仲代達矢がとてもいい味を出している。特撮あり、殺陣ありの本格的な時代劇だった。僕は当然、日蓮大聖人の顔は知らないので、彼もまた、仲代達矢になっている。

 かのミケランジェロがとある人の墓碑の彫像を彫った時に、「全然本人に似ていないじゃないか!」となじられたことがあった。この時ミケランジェロは、「1000年も経てば似てようが似てまいが誰も気にしない。こっちの顔が本物になる」と言い放ったそうである。つまり、作り物のほうが本物になることもあるのだ。

 教祖の半生を描いた映画と言えば、幸福の科学の『さらば青春、されど青春。』を思い出す。

 主人公は教祖大川隆法をモデルにしたキャラクターだが、息子が演じている。確かに教祖に似ているのだが、演技はもろ下手だし、全然パッとしなかった。ここは大枚をはたいて佐藤健あたりを主役に据えたほうがよかったのではないか? そうすれば1000年後には佐藤健が教祖だったということになって、バカボンみたいな貧相なオッサンが教祖だった事実はなくせたかもしれない。

ちなみに、『人間革命』の続編である、『続人間革命』には三代目会長・池田大作が登場する(山本伸一名義)が、こちらも美青年のあおい輝彦が演じている。1000年後には、人を毎日殴ってそうなおっそろしい顔をした池田大作の顔は忘れ去られ、あおい輝彦の甘いマスクの方が三代目だと認識されるのかもしれない。

さて映画だが、前半は仲間が集まったり、商売をしたりとまあ見ていられるのだが、後半にいくに従い説教くさくなる。丹波哲郎が延々と説法してるだけじゃん……ってなってしまう。物語の最後もカタストロフィはなく、スッと終わってしまう。

まあ、結局これが新興宗教映画の限界ってとこだろうか?
(文/村田らむ)

コメント

5:匿名2018年10月13日 02:22 | 返信

いくら金をつぎ込んだんだろう。
俳優のギャラだけでいくら?
まぁ、いくらギャラが高額でも
創価学会なんかに加担する人間は嫌だな。

4:匿名2018年10月11日 21:23 | 返信

特攻したり自爆していく芸風、嫌いじゃないよ、らむ。

3:匿名2018年10月11日 20:43 | 返信

>>2

物語の主軸は、ちっちゃい人間である大作くんをいかに偉大なように誤解させるか、である。
だから、間違いではない。

2:匿名2018年10月11日 18:47 | 返信

>そんな絶望的な状況からいかに立ち直り、巨大な組織を形成していったのか——それが物語の主軸だ

いや主軸はそこじゃないんじゃ…。

1:おまむこ2018年10月11日 15:11 | 返信

>>人を毎日殴ってそうなおっそろしい顔をした池田大作の顔は………

ツボった……… 腹いてぇ……(涙)

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。