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★『グランドジャンプ・プレミアム 11月号』(集英社)で「奇習」シリーズが待望の漫画化! 漫画家はなんと『不倫食堂』の山口譲司先生!! 知られざる昭和日本の奇習が“巻頭カラー”で究極のエロス爆発だ!★


【日本奇習紀行シリーズ】 近畿地方

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画像は「Thinkstock」より

 江戸時代の元禄年間には、歌舞伎の女形として修行中の少年が、陰間茶屋と呼ばれる料理屋で、事実上の男娼としてその肉体を提供するビジネスが急速にブームとなったとされているが、実はこうした少年愛者に対する性風俗店というのは、その後、幕府による取締りが行われた後も秘密裏に続けられ、その一部は、なんと昭和初期まで存在していたのだという。


「もともとこのあたりは見ての通り、今でも寺や神社ばかりの土地柄でしょう? だからそういう店もね、こっそりと続けられていたのだと思うんですよ」


 江戸の芳町や麹町といった陰間茶屋のメッカから、そうした店が姿を消した後も、脈々と生きながらえてきた“陰間商法”についてそう証言するのは、近畿地方のとある地域で生まれ育ち、今なお、老舗呉服店の主人として店先に立つこともあるという、大村寿三郎さん(仮名・87)。大村さんの話によると、その昔、当地とその周辺では、元禄年間の陰間茶屋に近い“裏ビジネス”が昭和初期まで続けられていたのだという。


「今じゃ随分と減ってしまいましたけれどもね、料理屋が多いでしょう? 今でも。そういうところでね、常連さん相手に、男の子をね、手配するっていう習慣が古くからあったそうで。お客はね、大抵はこのあたりの偉いお坊様やら、大店の旦那さんあたりなんですけれどもね、要はそういうお客さんの“お相手”をする、と。そういう商売ですね」


 大村さんの話によると、当地ではその昔、一部の富裕層を対象として、“お忍びのお楽しみ”として、少年たちに男娼として売春をさせるという裏ビジネスが横行していたのだという。とはいえ、江戸時代に「陰間」と呼ばれた“見習い中の女形”がそれほどいなかった時代に、一体どのような境遇の少年たちが、男性客の相手をしていたというのか。


「……ああ、今の人からすればピンと来ないでしょうけれどもね、昔は丁稚奉公に来ている子たちが結構いましてね。要はそういう子がね、小遣い稼ぎにやっていたんですよ」

コメント

1:匿名2018年10月15日 21:00 | 返信

この人のネタ
東北か近畿ばっか
適当なこと書いてないで

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