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画像は、「Liveleak」より

 近年、屠畜や動物の調理法をめぐる議論が世界中で盛んだ。スイスでは今年1月、エビやカニなどの甲殻類を生きたまま茹でる調理法を禁じる法律を新設し、3月から施行された。

 同法の背景には、甲殻類は高度な神経系を持っているため、生きたまま熱湯で茹でられると激しい痛みを感じると主張する動物愛護団体や一部の科学者の存在がある。こうした“科学的”知見をふまえて、甲殻類の調理において、事前に気絶させてから絶命させることが義務づけられた。同法に対しては、スイス国内の外食産業界が強く批判している。従来の調理法が否定されたばかりか、作業の増加や設備の補充など経済的デメリットも大きいからだ。

 動物を生きたまま屠畜したり調理したりすることに対しては賛否両論が渦巻いており、個人の価値観や宗教観なども絡み合ってなかなか意見は一致しない。甲殻類でさえそうなのだから、牛や豚、羊などの哺乳類となれば、なおさら結論が出ないのではないだろうか? ここで、海外の動画共有サイト「LiveLeak」に公開された映像を紹介し、読者たちにも考えてもらうこととしよう。

 中国で撮影されたという動画には、男性が牛を解体するシーンが映し出される。首から下の皮膚が剥がされ、筋肉が剥き出しになった牛――。男性が牛の筋肉にナイフを突き立て、ザクザク切り裂いていく。ナイフの刃が滑るたびに、牛は足をばたつかせる。牛は生きていたのだ。

 動画の解説によると、肉の新鮮さを証明するため、男性は牛を生きたまま解体しているという。生鮮食品では、新鮮さが商品の価値を決めることは確かだ。だからといって、動画のような行為が許されるのだろうか? 少なくとも、苦痛を最小限に抑えて家畜を殺すことを是とする先進諸国の法律や価値観には抵触するだろう。

 動画の屠畜法は“許されない”として、その一方で、以前トカナが紹介した「イード・アル=アドハー」のような宗教儀式で同様の屠畜を行うことはどうだろう? 儀式では生贄を捧げること自体に意義があり、これを一律に禁止することは、動物愛護を盾にして信教の自由を侵害することにならないのだろうか?

 動物の命を奪う方法について議論する際は、「可哀そう」などの精神論に偏りがちな気持ちをグッとこらえて、社会や文化、歴史などを総合的に踏まえて考える必要がある。肉食獣が獲物を生きたまま貪り食うのは自然界の掟だが、そこから逸脱した人間には、野生動物とは違った行動原理が求められる。
(文=標葉実則)

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コメント

8:匿名2018年10月 7日 23:07 | 返信

こんなに無残な殺され方をしたお肉の一部は、消費されないまま腐る前に破棄される。
本当に浮かばれない。

7:hopi2018年10月 6日 18:37 | 返信

人間は滅亡するべき存在だ。

6:hopi2018年10月 6日 18:34 | 返信

人間は早く滅亡するべき存在だ。

5:匿名2018年10月 5日 01:58 | 返信

神は理不尽よなー
痛みを受けたものが苦しむばかりで、くそったれは背負おうともしない…
痛みにこそ正義はある訳で、背負うべきものはかえってくるだろう
存在してはならない
神がいるなら牛はそこん所評価されるだろう、安心して眠れRIP…
宇宙人派だけど

4:匿名2018年10月 5日 00:10 | 返信

>>1
美味しいお肉は恐怖を与えて作られてるんやで

3:匿名2018年10月 4日 19:47 | 返信

これは・・・
ひどい

2:匿名2018年10月 4日 17:23 | 返信

最悪だ(T_T)

解体してる人、自分に帰ってくるよ!

拷問と一緒だ、それよりも酷い!!

1:匿名2018年10月 4日 12:30 | 返信

いつも美味しく頂いとるから強く言えんがわざわざ苦しませる必要はない

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