「魔境に入っていた…」瞑想業界に激震、東大卒僧侶・小池龍之介が解脱失敗を懺悔! 一体どういうことか…徹底解説!

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■路上生活を始めた理由と誇大妄想

 そもそも小池氏が路上生活を始めた理由は「自分の過去世」についての強烈なヴィジョンを信じ込んでしまったからだという。なんと、過去世において小池氏はブッダの裏切り者とされるデーバダッタだというのだ。小池氏によると、デーバダッタは実は裏切り者ではなく、今生においてブッダになり、衆生を救う運命にあった……。そのため小池氏は悟りを完成するために旅に出たというわけだ。

 しかし、冷静になった今となっては「宗教者が陥りがちな誇大妄想の類」だったと振り返っている。禅仏教ではこうした自我の肥大は「魔境に入る」と言われている。

 小池氏は路上生活の途上でこうしたヴィジョンを見なくなり、「夢から覚めた」と語っている。その時は路上を歩きながら、「みんなごめんよ。ブッダになるなんて夢のまた夢。あり得るわけないよね」と呟いて絶望してしまったそうだ。

「魔境に入っていた…」瞑想業界に激震、東大卒僧侶・小池龍之介が解脱失敗を懺悔! 一体どういうことか…徹底解説!の画像2
画像は「getty images」より引用

 

■小池氏が魔境に入り込んだ理由を分析

 有名“僧侶”だった小池龍之介氏の突然の懺悔と還俗……。ネット上ではさまざまな意見が飛び交っているが、そもそも小池氏はなぜ魔境に入り、とんでもない誇大妄想を信じ込んでしまったのだろうか? 小池氏が学んでいたテーラワーダ仏教に詳しい現役の仏教修行者X氏に詳しく話を聞いた。

――小池さんの懺悔を率直にどう思いましたか?

「誠実さが伝わってきましたが、誇大妄想の話は驚きましたね。ただ、その予感は前からありました。最初は私も小池さんは良いかなと思ったのですが、カルマの解釈が適当であったり、伝統的な教学に即していないことが書かれていたので距離を置いていたんです。特に昨年出た『解脱寸前 究極の悟りへの道』には引っくり返りました。正直なところ“終わったな”と思いました。それには理由があります。ブッダの十大弟子の1人だったアーナンダ長老は多聞第一と言われるほどブッダの言葉を誰よりも多く聞いていました。しかし、彼はブッダ寂滅後も最終段階の悟り(阿羅漢果)に到っていなかったため、ブッダの言葉をとりまとめる第1回の経典結集に参加できませんでした。そこで、阿羅漢になるために意を決して夜通し歩行瞑想を行いましたが、夜が明けても悟ることはできず、疲労から寝具に倒れこんだんです。すると、その瞬間に悟り、遂にアーナンダ長老は阿羅漢になったのです。アーナンダ長老でさえ自分が解脱する瞬間を知ることはできませんでした。そして経典のどこを読んでも自分の解脱を知っていた覚者なんていません。いわんや小池さんに分かるわけがないだろうと思ったのです」

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コメント

11:匿名 2019年4月7日 14:50 | 返信

これが魔境かあ、これはこれで貴重な経験できたなでもいいじゃない。あと性欲を最初から完全否定する道より、ある程度欲求を満たしてくると飽きてきて自然に減退してくるというのも通常の人の人生の中でもよく見受けられる現象だ。美人が媚をうってきてもおいそれと食指が動かなくなってきたりする。下手に我慢するより適度に年相応に遊んできてる人の方がとこんなもんか…と飽きがくるのだろう、段々性欲も減退とかなくなってきたとかあるし。そういうのでもいいんじゃないか?下手に形式とか最初からぎちぎちに縛らなくてもいいじゃないか?普通に生活してても自然と人っていうのは年齢とともに悟りに入っちゃってるよ、この人、何の修行もしてないのにwっていうのは見かけたりするし。

10:坊さんなのに我欲強過ぎでしょ 2019年4月4日 02:55 | 返信

顔見てればわかる。本を読めば更にわかる。瞑想関連書を何冊も書いてるが、気づきのレベルが通り一遍で、当人の活動自体が自己顕示欲に依るものだというのが見てとれる。ゆえにいずれ魔境は必至なのに自己過信が為に気付けない程麻痺してたのには愚鈍さしか感じない。瞑想は我欲をコントロールするところに眼目があるんじゃないの?いつものようにポーズ決めて我欲抜けないうちはいくら瞑想しても意味ないよ。

9:匿名 2019年3月31日 11:07 | 返信

魔境を経験するまで修行される方がどれだけいるのか。彼はこの魔境を出したわけだから、素晴らしいと思い。

8:匿名 2019年3月30日 09:04 | 返信

某有名な瞑想家の書籍に昔よく目を通していたのでわかるが、そもそも魔境に陥ること自体が修行が足りない証拠。きちんと一から修行を積んだ人は魔境になど陥らないそうです。その先生の書籍にも書いてあったのですが、時々そういう『自分は瞑想の達人になったのでは?』『自分は解脱したのでは?』と勘違いする人が非常にたくさんいて困るとおっしゃっていました。達人どころか正反対の方向の瞑想をしている人間もたくさんいるそうでそういう人がよく魔境に陥るとのこと。だからこの人は本など出せるような人間ではないのですよ!
あと『解脱』は生きている間には決して完成などしません!生きている以上解脱などとは呼びません!

7:匿名 2019年3月30日 05:59 | 返信

まだ途中だろ!心が折れただけ❗️そんな簡単に欲は消せないよ‼️

6:匿名 2019年3月29日 21:37 | 返信

瞑想業界、あるとすればそこが魔窟だな
解脱て何か目玉商品ですか?

5:匿名 2019年3月29日 20:26 | 返信

んじゃ、今からでもミャンマー式に『アビダルマ』や『清浄道論』の教説や注釈書を学んだらいいということなのでは?

どこの流派か忘れたけど、性欲をおさえられなくて苦しんでた僧が、聖徳太子の化身に私が抱かれようと現れて、それで性欲を肯定する流派を作ったというのもあったよね。生物として、性欲を必ずしもおさえなくてもいいのでは。

4:金 正恩 2019年3月29日 18:04 | 返信

だいたいネット上に逐一upしてる時点で解脱なんかできねーだろ。承認欲求満たしたいが見え見えだよ。悟りを開くって他人に宣伝したり見られたりするコトじゃねーだろうに。

3:匿名7 2019年3月29日 15:20 | 返信

真摯な求道者って感じで好感は持てる。
どんな道でも究めるのは難しい。

2:匿名 2019年3月29日 15:08 | 返信

相変わらずバカだなー
バランスじゃよ,交感神経と副交感神経のバランスが全てじゃよ

1:かつ 2019年3月29日 13:37 | 返信

比叡山の改めて思うの千日行ってすごいんだなって

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