昭和を生き抜き、平成で亡くなった超大物芸能人9人!美空ひばり、松田優作、渥美清…逸材揃い!

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 勝とは一線を画すが、松田優作も色気のある俳優だった。ドラマ「太陽にほえろ」(日本テレビ系)の“ジーパン刑事”役で人気を集め、殉職シーンの鬼気迫る演技は今なお語り継がれている。方向性は違うが、勝も松田も画面から迫りくるような迫力があった。松田は40歳の若さで平成元年に亡くなっている。

 刃物のような演技をする松田と比べると真逆の位置にいたのが、歌舞伎俳優の中村勘三郎であった。伝統芸能の世界に身に置いていながら、気取りのない軽妙洒脱な演技が魅力的だった。野田秀樹や串田和美などの現代劇の演出家と組んで、コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げるなどフットワークが軽く、気風のよさで親しまれた。平成24年没。

 昭和の世だったからこそ、生まれた人情派の傑物だったように思う。

 人柄の良さというと、思い出されるのが平成5年に亡くなったアナウンサーの逸見政孝だ。フジテレビアナウンサーを退職後、「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」、「夜も一生けんめい。」(ともに日本テレビ系)、「たけし・逸見の平成教育委員会」(フジテレビ系)など数多くの人気バラエティ番組の司会を務めた。真面目そうなキャラクターでありながら、大阪出身らしいユニークな一面もあわせもっており、好感度が高かった。昭和のサラリーマンの代表的な存在だったように思える。

 大阪の芸人では横山やすしが平成8年に亡くなっている。昭和41年に結成した⻄川きよしとの「やす・きよ(横山やすし・西川きよし)」でブレイク。テンポの良い漫才で一世を風靡したが、タクシー運転⼿傷害事件や本人の飲酒運転による人身事故など、不祥事も多かった。どんな人間も寛容に受け入れた昭和を代表する芸人の1人だと思う。

 東京の芸人では立川談志が平成23年に亡くなっている。バラエティ番組「笑点」(日本テレビ系)を立ち上げたり、政治活動に勤しんだりと幅広い活動を行ったことでも知られるが、喉頭がんでも声帯全摘出をせず、高座に上がり続けた生涯落語家としての一面を忘れてはならない。「「立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)」などという戒名を自身につける鬼才が今後、世に現れることがあるだろうか。

 平成に亡くなった一流芸能人たちは皆、どこか色気があり、迫力があった。それもこれも、昭和という激動の時代に揉まれたからこそ、芸が磨き上げられたのではないかと思う。

文=加藤宏和

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