『風立ちぬ』で話題! 米軍驚愕の白いゼロ戦、英霊…本当にあった「ゼロ戦の奇妙で泣ける都市伝説」! 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0

 2013年に公開されて大ヒットしたスタジオジブリ・宮崎駿監督の長編アニメ「風立ちぬ」が、4月12日午後9時から日本テレビ系列でテレビ放映される。主人公は堀越二郎というゼロ戦の開発者として知られる実在の設計技師である。彼の飛行機への情熱を中心に、友情や妻との愛、そして戦争といったテーマに取り組んだ意欲作である。

 今回は主人公の堀越が全てを捧げて開発したゼロ戦にまつわる、不思議で物悲しいエピソードをご紹介する。

画像は「金曜ロードショー」より引用

///////////////////////////////////////////////////////////

 スタジオジブリ作品で話題の『風立ちぬ』。今回は宮崎駿監督作品ではほぼ初めてといわれる、実在の人物の話を描いた作品である。

 さて、この作品の主人公・堀越二郎氏はゼロ戦、正式名称で「零式艦上戦闘機」の設計者として有名である。そこで今回は、海軍航空隊の生き残りであるA氏が実際にアメリカ兵に聞いた話や、体験談を元に、ゼロ戦にまつわる伝説に関して少し紹介したい。

■ゼロ戦の名前の由来とは?

 まず、ゼロ戦の名前の付け方である。なぜ「ゼロ戦」というのであろうか? これは、当時の日本が神武天皇の治世から数えて2600年、要するに皇紀2600年に当たる年である1940年に正式に採用されたということである。

 ちなみに、日本の兵器は、現在も西暦の下二けたの数字をその機種につけて表記をすることが慣例になっている。

 さて、このゼロ戦は、ねじ1本にまでこだわり、ねじそのものの軽量化や、ねじの頭を打って平面にすることによって、気流を安定させるなど、徹底した軽量化とエンジンの工夫によって、大戦当初、無類の強さを誇った。この細かな技術は当時の外国人には理解できるものではなく、アメリカ軍からは「ゼロ・ファイター」として恐れられた。

 しかし、それも序盤である。アメリカが新型戦闘機を導入してからは、ゼロ戦の劣勢が続いた。日本もゼロ戦の当初の成績が良すぎたために、新型戦闘機への改良がなかなか前に進まず、マイナーチェンジだけを行ってきたこと、また多くの熟練パイロットの戦死によって新人戦闘機乗りが多くなったことなどから、戦闘での喪失が続くようになってきたのである。

関連キーワード

コメントする

画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。