10月19日は仏天才彫刻家カミーユ・クローデルが死亡した日! ロダンとの破局、統合失調症発症、失意のまま痩せ細り…

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(写真はWikipedia Camille Claudelより使用。Public Domain)

『19歳のカミーユ・クローデル』

 1884年10月19日は、不遇のままこの世を去ったフランスの天才彫刻家、カミーユ・クローデルが死亡した日である。


 不世出の世界的彫刻家、オーギュスト・ロダンに19歳で弟子入り後、すぐに恋愛関係となった彼女だが、15年もの三角関係の後にロダンは内妻を選び、彼女の元を去ることになった。


 その間にロダンの子供を妊娠・流産していたこともあり、カミーユは精神状態を崩し、統合失調症を発症。


 ロダンが自らのアイデアを盗用しており、自らを抹殺するために陰謀をしかけてきていると信じ込みながら、以降の人生のほぼ全てを精神病棟で過ごした。


 そして、ロダンへの恨みから、多くの作品を自ら破壊したカミーユであったが、残った作品群が、その死後に陽の目を見ることになる。


 彼女が失意のまま痩せ細り死亡した1884年から67年後の1951年、カミーユの残した作品群を弟で劇作家のポール・クローデルが、ロダン美術館で作品を展示したのだ。


 それ以来、重厚でリアルなロダンの作品とは違う、流麗で動きのあるカミーユの作品は世界的な評価を獲得し、ものによってはロダンの作品よりも高価な価格で取引されている。


 ちなみに、内妻に先立たれたロダンは、その死の直前、「若い方の妻に会いたい」とカミーユに一目会うことを切望したという。


 果たして、多くの素晴らしい作品を残し、ロダンの心を捕らえて放さなかったものの、その死に至るまで人生の大半を怨恨に染められたカミーユ・クローデルの人生は、《不幸》であったといえるのであろうか?

 

<トカナ 今日の不幸を記憶するブラックカレンダーより>

編集部

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