「IT」のモデルになった伝説の殺人ピエロ、ジョン・ゲイシー! 道化師の素顔と少年拷問記録!

■ゲイシーの生い立ち:2、持病

 彼は幼い頃から心臓が痛むことがあり、入院することがよくあったが、医師は何が原因なのか特定できずにいた。心臓発作などを起こすこともなかったが、17歳でやっと心臓病だと診断された。また、ジョンが11歳のとき、遊んでいた時ブランコで頭を強打し、脳に血餅ができてしまった。そのため、突然気絶するという症状が起こるようになったのだが、原因は長らく特定できず、16歳になりやっと血餅が発見され治療を受けることにより、この症状は治まった。


■ゲイシーの生い立ち:3、父親からの虐待

 ジョンは母親と姉妹たちとの関係は良好で絆は強かったが、体が弱い一人息子に失望したアルコール依存症の父親からは、酷い言葉を吐かれ、精神的に虐待を受けながら育った。母に対して暴力を振るうことも多かった最低の男だったが、ジョンは父を慕い認められようと精一杯の努力した。しかし、「このままだとオマエはいつかホモになる」「オマエは気持ち悪いホモ野郎だ」と怒鳴りつけられる一方で、可愛がっていた愛犬を目の前で射殺されるなど精神的に痛めつけられ、とうとう普通の父子関係を築くことはできなかった。


■病と闘いつつ、ビジネスマンとして開花させる

「IT」のモデルになった伝説の殺人ピエロ、ジョン・ゲイシー! 道化師の素顔と少年拷問記録!の画像4若かりし頃のゲイシー「YouTube」より

 病気がちだったため、高校を4つも変わる羽目になったジョンは最終的には中退し、家に居づらくなったため職を求めてラスベガスに行く。ラスベガスでは、葬儀屋で遺体の防腐処理を施すための血抜きなどを手伝うパートの仕事を得たが、もっとまともな仕事に就きたいと思っていた。ホームシックにもなった彼は、3カ月後にシカゴに戻るチケットを購入し、帰宅。母と姉妹から暖かく迎えられた。

 ラスベガスから戻った後、ビジネスの専門学校に進学した彼は、卒業後就職した大手靴チェーン店でセールスマンとしての才能を開花させた。IQ118の彼は頭の回転が早く、営業の能力に長けていたのだ。彼はまたたくまにマネージャーに出世し、イリノイ州スプリングフィールドに栄転した。

 しかし、ジョンはまた病に苦しめられることになる。体重が増えたため、心臓病が悪化し入院しなければならなくなったのだ。やっと退院したと思ったら今度は脊柱を負傷し、入院するなど、不幸は続いたが、気丈にも仕事に打ち込み続けた。ジョンは地域にも貢献する好青年でもあり、クリスチャンの団体チ・ルホ・クラブでは会員増強委員長、カトリック・インタークラブでは委員を、連邦民間防衛や青年会議所の会員にもなり、特に青年会議所では表彰されるほどだった。仕事にもプライベートにも多忙な日々を送っていた彼は、精神消耗で入院することもあったが、病気には負けずとにかく働き続けた。

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