11月11日はパレスチナ解放戦線の指導者ヤセル・アラファトが死亡した日! 常に独立運動の最前線で戦い続けた指導者

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11月11日はパレスチナ解放戦線の指導者ヤセル・アラファトが死亡した日! 常に独立運動の最前線で戦い続けた指導者の画像1
(写真はWikipedia Yasser Arafatより使用。Public Domain)

『カダフィ大佐(写真右)と写る1977年のヤセル・アラファト』

 2004年11月11日はパレスチナ解放戦線の指導者、ヤセル・アラファトが死亡した日である。


 イスラエルに対抗するパレスチナゲリラの指導者、パレスチナ解放機構(PLO)執行委員会議長として長年活躍した天才ゲリラが、後年平和主義に転向して1994年にノーベル平和賞を受賞するという、近代史上でも他に例を見ない振り幅で生きた巨人である。


 だが、平和的解決の目前とされた1995年、イスラエル首相のイツハク・ラビンがテルアビブの平和集会でユダヤ人の青年に暗殺され、アラファトはパレスチナ・イスラエル両国からその元凶として敵視されてしまう。


 ゲリラの戦士から平和を導く大統領、そしてまた、国家対立の元凶へ……常に独立運動の最前線にい続けたアラファトが、その心の支えだったであろう“パレスチナの民衆”を失って死んでいったことは、あまりに不幸な最期であったといえるだろう。

 

<トカナ 今日の不幸を記憶するブラックカレンダーより>

編集部

コメント

1:匿名 2019年11月11日 20:03 | 返信

電波少年に松本明子と出てたなぁ

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