12月22日は“柔道王”木村政彦が力道山に敗北した日! 試合前の事前密約を破られ…日本柔道史上に残り続ける不幸

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(画像はWikipedia Rikidozanより使用。Public Domain)

『全日本選手権で鬼神のような強さを見せる力道山と敗れ去る“柔道王”木村政彦』

 1954年12月22日は、『全日本選手権』として行なわれた、プロレスラー・力道山と“柔道王”木村政彦の試合で、木村が破れた日である。


 天覧試合の勝利や全日本選手権13連覇を誇り、「木村の前に木村なし、木村の後に木村なし」とまで言われた不敗の昭和の柔道王、木村政彦が敗れたこの事件は、当時既に柔道を引退していたとはいえ、社会的に絶大な影響を及ぼした。


 新しいジャンルであったプロレスとその象徴であった力道山は戦後復興の象徴にまで登りつめ、一方破れた木村は、柔道界からも微妙な距離をとられることになり、後に力道山への殺意を告白することになるような日陰の人生を歩むこととなった。


 その勝負の真相は、引き分けの事前密約を本番で破った力道山の八百長破りという説が有力であるが、“強さ”の象徴であった木村が破れたことによる失墜は、木村の人生はおろか、死後数十年経った現在も回復したとは言い難い。


 勝負の世界の儚さと眩しさをまざまざと表現したこの木村の敗戦は、日本柔道史上に残り続ける《不幸》であるといえるだろう。

 

<トカナ 今日の不幸を記憶するブラックカレンダーより>

編集部

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