1月3日は絶大な人気を獲得した歌手であり、司会者であった「やしきたかじん」が死亡した日!

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(写真はやしきたかじんCD『たかじん やっぱ好きやねん ‐シングル・コレクション‐』(ビクターエンタテインメント)

『CD『たかじん やっぱ好きやねん ‐シングル・コレクション‐』のジャケット写真』

 2014年1月3日は、大阪を拠点に絶大な人気を獲得した歌手であり、司会者であったやしきたかじんが死亡した日である。


 メディア・カルチャーの集中していた東京を早々に否定して関西圏に根を下ろしたこと、そして『やっぱ好きやねん』『なめとんか』等のヒット曲が大阪(関西弁)をテーマにしたものが多かったために、関西圏では最晩年までカリスマ的な存在を発揮していた人物であった。


 それだけに、その死が、数々の美談を伴うものであることはあらかじめ予想できた。


 しかし、テレビバラエティ『金スマ』の大特集と連動した百田尚樹のノンフィクション書籍『殉愛』が、最晩年を支えたとされるさくら夫人を一方的に美化し、おそらくはさくら夫人がイタリア人夫との二股をかけていたことすら知らずに書いた、とてもノンフィクションとはいえない代物であったために、さくら夫人を除く遺族から名誉毀損の訴えが噴出し、遺産分与を含めて大スキャンダル化。


 結果として、美談からはかけ離れた死に際となってしまった。


 しかし、巨大な成功を収めた“大物の死”としては、古今東西に数多あるパターンであり、故人の社会的影響力の絶大さを知らしめるという意味では典型的なものであったといえるだろう。


 その美声や才能で歴史に名を残す人生を歩むことが“奇跡”であるなら、年老いた成功者の最晩年に接近してきたのが、善意の人物であることもまた、世界的にみても“奇跡”の確率なのである。

 

<トカナ 今日の不幸を記憶するブラックカレンダーより>

編集部

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