【閲覧注意】21人殺害「サン・イシドロ・マクドナルド銃乱射事件」現場映像流出! 合計257発、銃弾の雨に撃たれ折り重なる死体…!

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【閲覧注意】21人殺害「サン・イシドロ・マクドナルド銃乱射事件」現場映像流出! 合計257発、銃弾の雨に撃たれ折り重なる死体…!の画像1画像は、「BestGore」より

 1984年7月18日、米カリフォルニア州サンディエゴのサン・イシドロ地区にあるマクドナルドで、21人が死亡し、19人が負傷する銃乱射事件が起こった。「サン・イシドロ・マクドナルド銃乱射事件」として全世界を戦慄させた無差別大量殺人事件で、1991年にルビーズ銃乱射事件が発生するまで米国史上最悪の銃乱射事件だった。犯人のジェイムズ・ヒューバティ(当時41)は現場でSWATの狙撃手によって射殺された。

 ヒューバティは1942年10月11日にオハイオ州カントンで生まれた。彼は3歳のときポリオにかかり、その後の人生に影響を及ぼす歩行障害が残った。幼少期、父親の念願だったペンシルベニア州のアーミッシュ(ドイツ系移民の宗教集団)コミュニティでの農場経営に馴染めなかった母親は家を出てしまう。結果として母に捨てられ、父親に育てられたヒューバティは孤独で怒りっぽい性格となり、友達は飼い犬しかいなかった。そんな彼が関心を抱いたのが銃器だった。

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ジェイムズ・ヒューバティ 画像は「Murderpedia」より引用

 1962年、ヒューバティはイエズス会のコミュニティ大学であるマローン大学に入学し、社会学の学士号を取得した。その後、ピッツバーグ埋葬科学研究所に入学し、エンバーミング(遺体の消毒や保存処理に関する技法)の免許を取得。しかし、エンバーミング関連の職に就くことはできなかった。1965年には、研究所で出会ったエトナ・マークランドと結婚した。

 エトナとの間に2人の娘をもうけたヒューバティは、やがて家族でオハイオ州マシロンに引っ越した。そして葬儀屋に就職するも、接客ができなかったため、わずか2年で退職。その後は職を転々としていたが、火事で家を失ったことをきっかけに故郷のカントンに戻り、溶接工の職に就いた。

 ヒューバティとエトナはともに暴力的だった。エトナは、誕生日パーティーでクラスメイトに暴力を振るうよう娘に指示し、同じクラスメイトの母親を銃を使って脅した。これが原因でエトナは後に逮捕された。ヒューバティとエトナは度重なる暴力事件を起こし、地元の警察の間でもマークされる存在となった。

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