2月9日は天才漫画家「手塚治虫」が死亡した日! マンガ文化を昇華させた昭和大衆文化の巨人

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(画像は手塚治虫『罪と罰』東光堂刊/1953年)

『1953年刊行の手塚治虫作「罪と罰」の表箱』

 1989年2月9日は、日本、そして世界のマンガ表現に偉大な発展をもたらした不世出の天才漫画家、手塚治虫が死亡した日である。


 大阪帝国大学医学専門部在籍時に『少国民新聞』大阪版連載マンガ『マアちゃんの日記帳』でデビューして以来、『新寶島』『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』など多くの少年漫画で国民的漫画家としての地位を確立。


 さらに、少女漫画としての『リボンの騎士』、医療漫画としての『ブラックジャック』伝記漫画としての『ブッダ』等々、あらゆるジャンルの始祖ともいえる作品群を遺している。


 さらには元々ディズニー映画のファンであったということからアニメーション作品もいち早く手がけ、『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』などの作品で我が国におけるアニメーション産業の祖ともいえる活躍をみせている。


 元々は少年のものとして始まったマンガという文化を成人の楽しみにまで成熟させ、今や日本が世界に誇る文化に発展したアニメーションまでをエンターテインメントとして成立させた、まさに《昭和大衆文化の巨人》にと呼ぶにふさわしい人生であった。


 日本のポップカルチャー史において、手塚ほど広大なジャンルをカバーした人物は他に類を見ないであろう。


 そんな手塚ならではの野心的な活動のひとつに、「文学作品の漫画化」というジャンルがあり、その代表作が1953年に描き下ろし単行本化されたドストエフスキーの『罪と罰』(原作の発表は1874年)である。


 後年、手塚自身はそのクオリティーを稚拙であったと自省していたというが、大ヒット少年漫画家としての社会的需要に応え、数多くの作品を手がけていた最盛期のこのような野心的な作品を手がけていた視線こそが、手塚治虫の広大な才能の証拠といえるだろう。


 全知全能への欲求といえば過言であるかもしれないが、その可能性すら感じさせるほど全方位への欲望が溢れ出たが故の、天才ならではの仕事ぶりであった。


 そして1989年の2月9日、膨大な作品を遺して手塚治虫はこの世を去った。


 それはちょうどロシアが誇る不世出の天才小説家、小説『罪と罰』で知られるヒョードル・ドストエフスキーがこの世を去った、ちょうど108年後のことであった。

 

<トカナ 今日の不幸を記憶するブラックカレンダーより>

編集部

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