2月17日は『白痴』『堕落論』で知られる作家・坂口安吾が死亡した日! ヒロポンを打ちながら執筆を続け…

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(画像はWikipedia Ango Sakaguchiより使用。Public Domain)

『2年ほど掃除をしていない部屋で撮影された坂口安吾のポートレート』撮影=林忠彦/1946年12月に蒲田区安方町の自宅2階にて

 1955年2月17日は、作家の坂口安吾が死亡した日である。


 終戦直後に発表した『白痴』『堕落論』などの作品で知られ、太宰治、織田作之助らとともに戦後の無頼派を代表する人物である。


 私生活では若くから神経衰弱を患い、芥川、太宰を始めとした周囲の人間の不幸を背負ったまま荒廃した生活を送った。ちなみに坂口の神経衰弱克服法は語学であった。チベット語、サンスクリット語、ラテン語などを学習し、特に動詞活用表を眺めることで心が整理されていったという。


 さらには自らの自殺願望を見つめながらヒロポン等の覚せい剤、睡眠薬を中毒患者として常用しつつ作家としての生活を送り、48歳で脳出血死を迎えるまで、孤独な人生を歩み続けた。大の愛煙家でとしても知られ、50本入りの「缶ピース」は坂口の執筆作業に欠かせなかった。


 その中で辿り着いた「文学のふるさと」が「生存それ自体が孕んでゐる絶対の孤独」にあるという思想はもはや決意と呼べるものであり、結婚し、子供が生まれてからも変わることがなかったであろう。


 しかしその極度に人間的な人生と作品に、多くの友人、読者が惹きつけられていたこともまた事実なのである。


 1946年に撮影されたこの衝撃的な林忠彦による写真作品は、流行作家として全盛期のものでありながら、まるで充実した人生を送るもののそれには程遠い。


 この混沌がいわば人生の絶頂期であるだけに、えも言われぬ迫力を漂わせている。

 

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編集部

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