【閲覧注意】4才幼女を屍姦、手首シチュー、内臓便器…! ドイツの極貧人肉連続殺人鬼ヨアヒム・クロル!

 2019年6月、ドイツの元看護師のニールス・ヘーゲルが、致死性のある薬剤を注射して85人もの患者を殺害した罪で有罪となり終身刑を言い渡された。彼は2015年にも患者2人を同様の手口で殺害したとして終身刑の判決を受けており、実際の犠牲者は100人以上だと見られている。

 ニールスが患者に致死性のある薬剤を注射したのは、危険な状態になった患者を自分が救って、同僚たちから賞賛されたかったからだ。己の虚栄心を満たすために数多くの患者の命を奪ったこの男は、「ドイツ史上最悪の連続殺人鬼」と世界中を震撼させた。

 このニールスが最初の終身刑判決を受けた2015年からさかのぼること60年前の1955年。ドイツ史上最も残虐と呼ばれる連続殺人鬼が最初の被害者を殺害した。ヨーロッパ史上でも最悪の猟奇殺人鬼・快楽殺人鬼とも呼ばれるヨアヒム・クロルだ。

 1955年から21年もの間、4〜61歳までの幅広い年齢層の女性を殺害、遺体に残虐な陵辱行為をはたらいて警察の捜査を翻弄させたヨアヒム。彼は一体、どのような人生を歩んできた男だったのだろうか。

ヨアヒム・クロル。画像は「Getty Images」より引用


■極貧家庭育ちの少年が連続殺人犯になるまで

1933年4月17日、ヨアヒムはドイツの領有地だったヒンデングルク(現:ポーランド、ザブジェ)に9人兄弟の第6子として誕生。9人兄弟中6人が姉妹という女性が強い権限を持つ大家族の中で育った。父は軍人として第二次世界大戦で戦った後、ロシアの捕虜となり行方不明に。シングルマザーとなった母親は子供たちと連れて西ドイツに移住。寝室が2部屋しかない小さなアパートでの生活は貧困を極め、子供たちは常に空腹……という悲惨な環境の中で育った。

 学習能力が低く、夜尿症持ちだったヨアヒムは家庭内でいじめの対象となった。おねしょをするたびに姉妹があちこち触れ回ったために、近隣住民たちからもバカにされ、精神的に大きなダメージを受けた。勉強が不得意だった彼は、家が貧しかったこともあり小学3年で退学、農園で働くようになった。しかし、そこでも簡単な作業しか任されず、多くの人が嫌がる屠殺場の作業を押し付けられていたという記録が残っている。ヨアヒムは母親が亡くなる1955年1月2日まで実家で暮らした。

 愛する母が亡くなり、家にいる意味がなくなったと感じたヨアヒムは、デュースブルクへ移住。機械メーカーで働くようになった。そして、そこで最初の殺人を犯した。ストッパーだった母の死後わずか1ヶ月後の2月8日のことだった。

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