4月7日は「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の中でも最も残忍な大量虐殺・大量強姦が行なわれた「フォチャの虐殺」が開始された日!

4月7日は「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の中でも最も残忍な大量虐殺・大量強姦が行なわれた「フォチャの虐殺」が開始された日!の画像1
(画像はWikipedia Foča massacresより使用。写真=courtesy of the ICTY(旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷))

『フォチャ近郊にある「カラマンの家」』

 2007年4月7日は「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の中でも最も残忍な大量虐殺・大量強姦が行なわれた「フォチャの虐殺」が始まった日である。


 ユーゴスラビアからの独立を果たしたボスニア・ヘルツェゴビナのフォチャ地域に住むボシュニャク人市民に対して、セルビア人の軍隊、警察、準軍事組織が行なった一連の民族粛清で、1992年4月7日から1994年1月にかけて約2年もの間に、2,704人もの死者・行方不明者を出し、同時に大量かつ組織的なレイプ行為が行なわれたという悲惨な事件である。


 女性たちは複数の“レイプ・キャンプ”と呼ばれる劣悪な環境に拘留され、セルビア人兵士、警察らに定期的に強姦され続ける日々を送った。


 その最も有名な場所のひとつが、写真のフォチャ近郊にある「カラマンの家」である。


 その被害者の中には10代前半の少女たちも含まれており、セルビア人を中心とするボスニアヘルツェゴビナのスルプスカ共和国は、その事実を公式に認め、国家までもが関与していたということまで明らかになっている。


 この近年稀に見る悲劇は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の戦争犯罪を裁く旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)検察局による「人道に対する罪」であるとされ、多くの加害者は有罪とされ罪に問われている。


 中には性奴隷として拉致した少女たちを友人に売り渡すような事実も判明し、とても1990年代の出来事とは思えない。


 そして何より、数年前まで同じユーゴスラビア国民として生きていた民族間で起きた《悪夢》であるだけに、よりその衝撃は甚大である。

 

<4月7日に世界で起こった不幸な出来事一覧はコチラ>

編集部

4月7日は「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の中でも最も残忍な大量虐殺・大量強姦が行なわれた「フォチャの虐殺」が開始された日!のページです。などの最新ニュースは知的好奇心を刺激するニュースを配信するTOCANAで