4月9日は20世紀を代表する世界的建築家フランク・ロイド・ライトが死亡した日! 世界的な文化遺産「帝国ホテル(ライト館)」を建設

(画像はWikipedia Frank Lloyd Wright より。Public Domain)

『フランク・ロイド・ライトのデザインによる帝国ホテル(ライト館)の正面』

 1959年4月9日は20世紀を代表する近代建築の巨人、世界的建築家のフランク・ロイド・ライトが死亡した日である。


 高さを制限した“プレイリー・スタイル”や自然との融合を近代建築に取り入れた“マチュア・オーガニック・スタイル”等の手法で後世に残る建築を数多く残した人物であるが、その人生に於いて谷底のような辛い時期も経験した。


 それはチェニー邸のクライアントであるママー・チェニーとの不倫・駆け落ちに端を発したスキャンダルによるもので、その結末は、代表的建築作品『タリアセン』の使用人のジュリアン・カールトンによるチェニー婦人を含む7人の惨殺と放火という惨劇であった。


 そんなライトにとって人生最悪ともいえる時期を脱するきっかけとなった仕事のひとつに、日本の帝国ホテルの新館建設の仕事がある。


 当時の総支配人だった林愛作との個人的な友好関係を元に始まったこの仕事は、1914年に始められたが、度重なる設計変更の果てに多大な追加予算が発生したためにその途中で林は引責辞任、ライトも建築を弟子の遠藤新に任せ完成を待たずに日本を離れることになった。


 しかし紆余曲折を経て1923年に完成した『ライト館』は、マヤ復古調の建築の代表的なもので、全館にスチーム暖房を完備した世界初の大型ホテルであり、防振・防火にも配慮された画期的なものとなった。


 落成記念式典が予定されていた9月1日に発生した関東大震災にもほぼ無傷で耐え、周囲の建築物の惨状との差を伝え聞いたライトは喜び、その仕事を誇ったといわれている。


『ライト館』はライトが死亡した5年後の1964年に、老朽化と、一等地にありながらその贅沢すぎる客室の少なさを解消するために取り壊され、その美しさを惜しまれながら約20年の役割を終えた。


 そして不思議なことに、当時は世界的な文化遺産といわれた『ライト館』の陣頭指揮をその豪腕で取り仕切った当時の帝国ホテル社長、犬丸徹三もまた、4月9日に死亡している(1981年)。


 4月9日は、《失われた世界的建築で繋がれた日》として、記憶されるべきなのかもしれない。

 

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編集部

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