4月10日は東ドイツの一流スパイ、ギュンター・ギヨームが死亡した日! 喫茶店経営者から首相秘書まで上り詰め…

(写真はWikipedia Günter Guillaumeより。Public Domain)

『西ドイツ首相ウィリー・ブラントと歩くギュンター・ギヨーム(写真右)』

 1995年4月10日は、ドイツ史上最も成功を収めたという東ドイツの諜報員、ギュンター・ギヨームが死亡した日である。


 第二次大戦の終結直前にナチス党に入っており、終戦後は写真家、編集者として活動していたところ、ドイツ民主共和国(東ドイツ)のシュタージ(国家保安省)に諜報員として登用され、1956年に西ドイツに亡命。


 その地で喫茶店経営を始めた。


 翌年からドイツ社会民主党(SPD)に入り、1972年には遂にヴィリー・ブラント首相の個人秘書にまで登り詰めた。


 この間16年——その期間を短いとみるか、長いとみるかは意見が分かれるところだが、国家元首であるブラント首相の下での諜報活動はたった1年間で露呈。


 しかしその結果として首相を退陣にまで追い込み、人質交換で無事東ドイツに帰国したところまで含めて、完璧に職務を全うしたスパイといえるだろう。


 帰国後は国家保安省大佐に昇進し、晩年はポツダム法科高等専門学校で後進の育成に努めるなど、諜報員として活動していた人物とは思えないような安定的な人生を送り、1990年の東西ドイツ統一を見届け、67歳の時にベルリンの病院で死亡したのだった。


 見事に一般的な社会生活に復帰したその人生に於いても、一流のスパイらしさを漂わせる人物だったといえるだろう。

 

<4月10日に世界で起こった不幸な出来事一覧はコチラ>

編集部

プレスリリース入稿はこちら サイゾーパブリシティ