4月21日はイタリア最後の去勢歌手・アレッサンドロ・モレスキが死亡した日! 命を賭けた天使の歌声

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(画像はWikipedia Alessandro Moreschiより使用。Public Domain)

『1900年頃のアレッサンドロ・モレスキ』

 1922年4月21日は、“L’angelo di Roma(ローマの天使)”と呼ばれた最後のカストラート、アレッサンドロ・モレスキが死亡した日である。


 カストラートとは男性への去勢手術により変声期を無くし、ボーイ・ソプラノの声を生涯にわたり維持しようとする近代ローマ発祥の文化的風習であり、1865年、7歳頃に去勢手術を行なったモレスキであったが、そのわずか5年後、ローマ教皇庁の政治的権力失墜のために、カストラートのための去勢手術が禁止となる。


 1550年頃から300年以上にわたる“生命を賭した芸術文化”は、彼らの代で失われることが決定づけられたのである。


 15歳になる直前から才能を見出され、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂聖歌隊のソプラノとして採用されたモレスキは独唱を任され、イタリア王国初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の葬儀で歌うなど、華々しい活躍を見せた。


 そして同時代を生きたカストラートでありイタリア随一の声楽教師といわれたドメニコ・ムスタファによりシスティーナ礼拝堂聖歌隊の第一ソプラノへ任命され、当代一の美声を誇るカストラートとして、歴史にその名を飾ったのである。


 しかし、1900年頃にはカストラートを雇用すること自体も違法とする動きが見られるようになり、ムスタファも去ったシスティーナ大聖堂で、モレスキは指導者としても活動を続け、そんな中でも何枚かのレコードを発売した。


 現在残っているモレスキの音源は1904年に録音された『Hostias Et Preces』『Ave Maria』のように晩年のものだけであるが、それでも“ローマの天使”の人生を賭したその美声は、聞くものに凄まじい何かをうったえ続けて止まない。


 モレスキの死をもって、現在考えられる人道的にはあり得ないカストラートという存在、文化は途絶えたが、果たして、彼らの人生が《不幸》なものであったかは、永遠のミステリーである。

 

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編集部

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