【新型コロナ陰謀論・徹底解説】武漢に生物兵器研究所を作ったのはフランスだった!2003年SARSに始まる全疑惑の謎!

 新型コロナウイルス騒動、いつになったら終わるんだ! 過剰な情報洪水にコロナ疲れな人たちも多いだろう。そんな時こそ、ケロッピー前田がカウンター視点で巷のニュースを相対化、いまを生き抜くためのヒントやアイディアをお届けしたい。今後数回にわたって「新型コロナウイルスの時代」を連載する。

過去の記事 → 【第1回】ビル・ゲイツの予言【第2回】パンデミック演習「イベント201」【第3回】武漢ウイルス研究所とは何か?【第4回】「プランデミック」の賛否

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【集中連載第5回】武漢フレンチコネクションの真相

画像は「Getty Images」より引用

 いまだ、新型コロナウイルスの発生源と感染ルートについて、その謎と疑惑が渦巻いている。

 5月18日から2日間、今年はオンラインでWHO(世界保健機関)の年次総会が開催された。そこでも、最大の焦点は世界各国が中国政府に要求している武漢ウイルス研究所への独自調査であった。

 「新型コロナウイルスはいったいどこから来たのか?」「どうしてこれほど世界中に拡散してしまったのか?」「もっと早期に対応することはできなかったのか?」、あらゆる問題の根源は初期段階から現在に至る、中国政府による情報隠蔽にある。

 中国の国家主席・習近平は、総会の演説で「各国の科学者がウイルスの発生源と感染拡大について研究することを支持する」と語ったが、同時にWHOの対応を絶賛している。WHOは中国寄りという批判が根強く、WHOが調査すれば、世界が納得するというものではないだろう。

 総会では、オーストラリアを始め、欧州連合(EU)、インド、カナダ、ロシア、日本など、世界116ヶ国が武漢ウイルス研究所などについての独立した調査を求める決議を支持している。

 果たして、武漢ウイルス研究所に隠されたパンデミックの陰謀は暴かれることになるのだろうか?

 パンデミックの危機が叫ばれ始めたのは、2003年、中国でのSARS(重症急性呼吸器症候群)の発生がきっかけだった。

 SARSの発生は、実際には2002年11月に広東省で起こっていたことがわかっているが、このときも中国政府の情報公開は大幅に遅れた。

 SARSの出現で世界中が驚かされた事件のひとつに、2003年2月21日、中国南部から香港を訪れていた医師がSARSに感染していたケースがある。彼は、家族の結婚式のために香港に来てホテルに宿泊していたが、そのホテルでクラスターを引き起こし、のちに病院に入院したが亡くなっている。この件ではホテルの他の宿泊客12人が感染し、彼らは飛行機でシンガポール、ハノイ、トロントなどに移行して感染を広めた。

 3月12日、WHOはグローバルアラートを発令したが、感染は中国南部、香港、カナダのトロント、台湾などで拡大した。とはいえ、世界的な大流行には至らず、同年7月5日、WHOはSARSの封じ込めを発表した。このとき、世界中で約8千人がSARSに感染し、最終的に約900人が亡くなっている。

 その後、SARSは、2004年、北京の国立ウイルス学研究所(IOV)での漏洩などで、追加の感染者を生んでいる。

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