【閲覧注意・児童虐待】史上最悪の虐待母、テレサ・ノール事件全貌! 娘をカッターで裂き、即席手術、生きながら燃やし… !

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テレサの娘:スーザンとテリー 「The Lineup」の記事より

■スーザンの死

 1982年、テレサはスーザンが自分に呪いをかけているという被害妄想を抱き、ついにはスーザンを22口径のピストルで撃った。テレサは負傷したスーザンを浴槽に放置したが、スーザンは死ななかった。

 スーザンは弾丸がまだ背中にとどまっている状態で、医者に行かずに回復した。その後、家を出たいというスーザンに、テレサはその弾丸を背中から取り出したら、出て行って良いと交換条件を出した。

 スーザンはしぶしぶ同意し、数日後に「手術」が始まった。テレサは15歳になった弟のロバートに、スーザンの背中から弾丸を回収するように命令した。

 ロバートは母親に言われた通り、スーザンの背中をカッターナイフで切り、弾丸を探すために傷口に指を突っ込んだ。

 もちろん「手術」は成功せず、その後スーザンの背中の傷は感染症を起こし、意識が混濁し始めた。するとテレサは、息子のロバートとウィリアムの助けを借りて、まだ息のあるスーザンを高速道路脇の土手に置き、燃やした。

■シーラの死

 スーザンが殺された翌年、1985年の春、テレサは20歳の娘のシーラに売春婦として働くように強制しだした。シーラは1日あたり数百ドルを持ち帰り、テレサはそんな娘を誇りに思っていたそうだ。シーラは売春をすることで、殴られる回数が減り、外に出られることから、その生活をある意味喜んでいたという。

 しかしその後すぐ、テレサはシーラから性病をうつされたとあらぬ言いがかりをつけ、シーラを殴り、小さなクローゼットに閉じ込めた。真夏のクローゼットは耐え難いほど暑かったが、テレサは他の子どもたちに、シーラに食べ物や水を与えることを厳しく禁じた。シーラの助けを求める声は3日で途絶え、彼らがドアを開けるとそこにはシーラの腐敗しはじめた遺体があった。

 テレサは古い段ボール箱にシーラの死体を入れて、2人の息子に車に運ぶように命じた。息子たちは言われたとおりに行動し、死体の入った段ボールはキャンプ場に置き去りにされた。

 その箱はすぐに発見され、ネバダ郡保安官局に通報された。しかし、死体は「ジェーン・ドゥ(名無し)6607-85」と呼ばれ、死因不明として記録された。

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