7月19日は東アフリカの部族リーダー、ムクワワが自殺を遂げた日! 頭蓋骨は侵略国ドイツの勲章品に…

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(写真はWikipedia Mkwawaより。Open Goverment Licence)

『ブレーメン博物館などで展示されていたへへ族の指導者、ムクワワの頭蓋骨』

 1898年7月19日は、ドイツによる東アフリカ侵略に最後まで激しく抵抗したへへ族のリーダー、ムクワワが自殺を遂げた日である。

 第一次大戦以前、ヨーロッパ諸国の領土拡大のための草刈り場となっていたアフリカ大陸にあって、現在のブルンジ、ルワンダ、タンザニアである東アフリカ地域もその例外ではなく、一帯はドイツに侵略をされてドイツ領東アフリカとされた。

 そのタンザニア地域で最後まで戦った部族のリーダー、ムクワワは、植民地長官エミール・フォン・ツェレウスキの軍を破りその長官を殺害するなど、めざましい抵抗をみせたのだが、最後は大軍を送り込んできたドイツ軍の前に敗走し(それでも4年間もの抵抗を続けた)、拘束される直前で、拘束されるよりも“名誉の自害”を選択し、拳銃自殺を遂げたのだった。

 ドイツ軍はもちろんその抵抗に怒り、へへ族の首長会議を解散させるなど、弾圧を強めたが、その一方で、ムクワワの頭骨はドイツのベルリンに持って帰られ、博物館で展示される《勲章品》としたのだ。

 そして第一次大戦後、1919年のヴェルサイユ条約には、ムクワワの頭骨の返還が規定されたのだが、ドイツはそれを拒否、その返還は第二次大戦後、ドイツが国際的な大敗を喫してようやくなされたというから(しかもタンガニカ総督が展示されているところまで乗り込んで初めて)、ドイツにとって、先住民の首がいかに大切だったかがわかるというものだ。

 驚くのは、これが今からたった100年前に行なわれていたということなのである。

 いわゆる《首狩り族》が相手の首を《トロフィー》と呼んで誇る風習を見ると、我々は彼らを自らとは違う、遅れた、野蛮な民族であると感じるだろう。

 しかし、それとほぼ同様の行為を、ヨーロッパ先進国の、経済大国の、実利主義大国のドイツがたった100年前まで行なっていたのである。そう考えると民族間の文化の差異は、未開と先進国との文化的な差異は、我々が今感じているよりも遙かに小さいのかもしれない。
ムクワワの頭蓋骨を見舞った“不幸”は、その何よりの証明である。

 

<7月19日に世界で起こった不幸な出来事一覧はコチラ>

編集部

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