8月27日はエチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世が暗殺された日! クーデターによる廃位直後に射殺…

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伝統的な戦士の服を着たハイレ・セラシエ1世(左)。画像は「Wikipedia」より


 1975年8月27日は、20世紀エチオピアの最後の皇帝(1930年〜1974年9月12日)およびアフリカ統一機構初代議長となったハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie I)が暗殺された日である。

 エチオピア南部の貴族の家に生まれ州知事を歴任。1916年に起きたクーデターにより即位した女帝ザウディトゥの皇太子兼摂政となる。1924年にエチオピアの国際連盟加盟を行なう。1930年にザウディトゥが死去すると皇帝に即位。

 1931年にエチオピア1931年憲法を制定。1934年にイタリアとの間で「ワルワル事件」が勃発、1935年に「アドワの報復」でイタリアがエチオピアへ進攻し「第二次エチオピア戦争」が勃発。

 1936年に「マイチァウの戦い」でイタリア軍によりエチオピア軍が壊滅したため、ロンドンへ亡命しエチオピアは敗北しイタリア領東アフリカ帝国へ。

 「第二次世界大戦」中の1941年にイギリス軍によりエチオピアが解放されたため帰国。以後、独裁政治を続け1963年にアフリカ統一機構初代議長に就任。

 1970年頃からインフレと飢饉が続きストライキやデモが発生するも対策を怠り内戦も勃発。1974年に自身の不正が発覚。同年に軍の反乱により逮捕・廃位され拘束中の1975年8月27日に暗殺された。没年83歳。1997年にエチオピア当局は廃位直後に射殺されたと発表している。

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編集部

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