【殺人鬼と面会】87人殺害「死の天使」ドナルド・ハーヴィーと親友になった日本人学者が初激白&撲殺の裏側!

★気鋭の教育学者・阿部憲仁がシリアルキラーの実像に迫る「凶悪犯プロファイル」シリーズ★

 ドナルド・ハーヴィーは、1970〜87年に病院の用務員として87名の入院患者を殺害。最初は重症患者の痛みを取り除く目的で枕を使って窒息死させていたが、その後は心疾患の患者を中心に殺害、徐々に殺害そのものに快感を覚え始める。自らを「死の天使」と呼び、死刑を逃れるため終身刑を受け入れる。そして2017年、収監中の刑務所内で他の受刑者に撲殺された。

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■ハーヴィーの犯行と人柄

 気性の荒い母親と祖母の下で育つ。母親と父親の間には大きな年齢差があり、言い争いが絶えず、父は仕事の関係で不在にする事が多かった。生活は非常に貧しく、ハーヴィーは支配的な2人の女性に抑圧された子供時代を過ごす。

 ハーヴィーは、家では母と祖母の顔色を、学校では校長や教員の顔色を覗うような子供だった。自分が飼いたいと思っていたヒヨコでも、母親に「飼ってはいけない」と言われて扇風機で一思いに殺害するなど、連続殺人犯にしばしば見受けられる「良い子 VS. 凶暴な子」という二面性を子供の頃から使い分けていた。なお、ハーヴィーは中学3年で学校を中退している。

 彼は4歳の頃から、2歳年上の叔父から性的いたずらを受けていたという。途中から力関係は逆転したと言いながらも、その性的虐待は彼が20歳になるまで続いた。また、それと並行して16歳頃からは様々な男性と性的関係を持つようになった。

 ハーヴィーの殺人は、彼が18歳の時に始まった。

 最初の被害者は88歳の男性で、ビニール付の枕を使い、聴診器で心臓の音を確認しながら殺害した。2人目の被害者は68歳の男性で、サイズの異なるカテーテルを挿入し、「抜け」と指示されたにも関わらず掌で吐血するまで押し込んだ。

「患者の痛みを軽減するため」と自分の犯行を正当化していたハーヴィーだが、こうした事実から、真実は正反対であったことが覗える。

 彼は次第に、枕による窒息から、ヒ素、青酸カリ、インシュリン、モルヒネ、内部失血等様々な殺害手段に手を染めるようになった。

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 ハーヴィーの直筆の手紙には、「僕は他の人間の生死をコントロールした。私にはそうした能力が備わっていた。最初の15回で事件が発覚しなかった頃から、僕は他人の命をコントロールするのを自分の特権だと思うようになった。僕は裁判官、検察、陪審員のすべてに自分を任命することで、神になったのだ」と書いてあった。

 また、ハーヴィーは魔術や悪魔教、黒魔術といったオカルトにもハマっており、殺害前には念入りに誰を殺害するか占っていたという。このような傾向は、連続殺人犯に限らず、大量殺人犯にも当てはまる事だ。やはりどれほど虐待やネグレクトを受けていたとしても、最初の殺人の一線を越えるには高いハードルがある。それを越えるため、そして自分の攻撃性の肯定のために、過激思想や宗教、ドラッグの力を借りることは決して少なくない。

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