特殊清掃の記憶「一度嗅いだら忘れられない。腐乱死体の臭い」日本で最も呪われたホラー監督・川松尚良インタビュー

ーー川松尚良監督も参加する激やばJホラー祭り「追っかけハロウィン映画祭(11.7、11.8)」情報はコチラ!


 映画監督・川松尚良氏は、‘80年代ホラーバブル真っ只中に幼少期を生き、幼稚園卒業文集の将来の夢には「ホラーのかんとく」と記すという、まさにホラー監督として生きるためにこの世に降臨した人物だ。

 最新作は「厚木市児童餓死白骨化事件」を題材にしたホラー映画『我が名は理玖』で、「追っかけハロウィン映画祭」でも上映予定だ。児童虐待という悲痛で難しいテーマを見事にホラーというエンターテインメントで表現し、なおかつ胸に突き刺さる鎮魂ホラー映画の傑作である。

 そんな川松監督がTOCANAと組んだ新番組封印された日本 猟奇事件暴露ファイル』が絶賛配信中だ。今回は、ホラー次代のリーダー、川松尚良監督インタビューを全5回にわたってお届け、今回は第3回目である。

第1回:奇妙な死に方続出「呪われた家系」に生まれたホラー映画監督
第2回:誰からも忘れられた虐待「厚木市幼児餓死白骨化事件」


 

 

◆孤独死して腐乱死体で発見された叔父

川松尚良監督

――川松監督は、特殊清掃の体験があるとお聞きしたのですが?

川松尚良氏(以下、川松) 僕の母の兄にあたる叔父は、新潟にある大きな農家の屋敷に最後は一人で暮らしていたのですが、孤独死してしまいました。叔父は身寄りが僕の母と母の妹である叔母の2人しかいなかったので、死後2週間経ってから発見されたのです。

 でも夏場で2週間、遺体が放置されると想像もつかないような状態になるんですよ。

 知らせを受けた僕は、さすがに母と叔母だけに片付けさせるわけにもいかないと思いました。

 特殊清掃と言えば、ホラー映画や小説によく出てくる職業でもありますし、僕もこんな仕事をしているので特殊清掃のことはよく知っていました。

 なので、新潟にあった特殊清掃の会社に電話して従業員さん2人に来てもらうことになりました。それで、僕も清掃を手伝うことにしたのです。

 叔父が孤独死した後の、一番最初の何も片付けていない状態を僕はまず見ているんですね。遺体はもう警察が運び出していたのでなくなっていました。けれど、田舎の警察は遺体を運ぶのに慣れていないのか下手なのか、腐乱した遺体から染み出した体液が玄関に向かってめちゃくちゃこぼれていたんです。

――遺体から腐敗した汁が垂れて汚れていたのですね。

川松 はい。髪の毛もたくさん落ちていましたね。あと、僕すごく印象的だったのは遺体が倒れていた所に体の形に液体があったのですが、そのすぐ脇にダンボールが置いてあったのです。

 そのダンボールに体液の飛沫がいっぱい飛んでいて。もしかしたら、ちょっと気持ち悪い話ですけれど、遺体は腐敗するとガスが溜まるじゃないですか。それで、腐敗ガスでパンパンに膨らんだ遺体が破裂した時に飛び散った体液かなと想像するとゾーッとしましたね。

 まあ、それか警察官が遺体を持ち上げようとして落っことした時に、ビシャッと体液が飛び散ったのかもしれませんが。

 特殊清掃員の人には遺体の体液が染みた場所を掃除してもらっていたのですが、僕はその周辺の警察官がこぼした遺体の体液とか、その辺りのウジ虫の殻を掃除しつつ、捨てる物とそうでない物をわけたりして片付けていたのです。

 それで、カーテンが埃だらけだったのが目についたので、埃を叩こうと思って叩いたんですよ。そしたらカーテンからウジ虫がダララララ〜とたくさん落ちてきてびっくりしました。

 しかも、遺体のところからカーテンまで10メートル以上離れていたんですよ。

 特殊清掃の人に聞いたら、ウジ虫というのは、死体がある時は死体にたかってるんですって。けれど、死体をどかすとその下にいたやつらが、部屋の影のところに移動して散って行くらしいんです。カーテンだったら影だらけじゃないですか。だから、やつらはそこに登っていったんですね。

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