【エモい話】ストリップ小屋で出産、元祖聖水ショー… 伝説のストリッパーを母に持つアングラ界の重鎮・松本格子戸インタビュー!

「日本最後のストリップ劇場芸人」とも呼ばれる伝説の男を皆さんはご存知だろうか。カラフルな眼鏡と服装に身を包み、昭和の芸人を彷彿させる喋り方――そんな彼の名は松本格子戸。

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画像は「松本格子戸 – Twitter」より引用

 東京・大阪・名古屋・札幌の劇場に住処を持ち、全国各地のストリップ劇場やイベントで司会を務め、時にはスタッフとして裏方に廻る。アンダーグラウンドなイベントを企画し業界を盛り上げ、さらには浅草橋に自らスタジオ「BASE-K」も経営するアングラ界の重鎮である。

 彼は昭和42年12月1日に京都のストリップ劇場の楽屋で産まれた。まさに出生からしてストリップと切り離せない人生を送る男の真実に迫るインタビュー前編!

■ストリップとともに産まれ、ストリップとともに生きる

ーーどういった経緯があってストリップ劇場で産まれたのですか?

松本格子戸(以下、松本)  お母ちゃんがストリッパーで、予定日辺りの11月21~31日の興行で「出産ショー」と銘打ってお客さんの前で産む予定だったらしいんですよ。病院には行けないから産婆さんをお金で雇って、袖にスタンバイさせて。でもショーの最中には産まれず、「残念だったね~」とか言いながら楽屋で帰り仕度していたときに産まれたみたいで。大きくなってからもよく母や周りの人から、ショーの最中に産まれなかったことに文句言われてたんですけど、そんなこと僕に言われてもね。(笑)

ーー知ったこっちゃないという話ですよね(笑)。まさか、出産をショーとして見せようとしていたなんて驚愕の事実です……! お母様はかなり破天荒な人物だったのですね?

 

松本  そうかもしれないですね、父親も結局誰か分からなかったし。それよりもお金が好きだったんでしょうね(笑)。当時は劇場の来場者数も多い時代だったけど、出産ショーという物珍しさから1日2000人の客が来てたみたいです。1人1万円の入場料だから1日2000万円の売り上げ。10日で2万人、2億の売り上げですね。色々な経費を差し引いても、かなり稼いだんじゃないですかね。

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松本格子戸氏(写真=山田はるか)

ーーに、2億……!! もうそれで引退しても構わないくらいお稼ぎになられて……。

松本  そのとき母ちゃんは19歳だったので、それ以降もじゃんじゃん舞台に出て稼いでましたよ。聞いた話ですけど、若い頃のビートたけしさんが母の着物を衣紋掛けにかけてくれたことがあるくらい活躍してたみたいですね。僕が中学入る前に引退したので、32か33で辞めたのかな。

ーーじゅ、19歳……!! 私が何度も何度も生まれ変わらないと稼げないくらいの額を若いうちに稼いでしまったのですね……! さっきから驚きの連続で開いた口が塞がらないです。

松本  元は当時付き合ってた彼氏が借金作ったことがきっかけで、16歳でストリッパーになったらしいので一念発起して入った感じだったんでしょう。その後、18歳で日舞の名取を取得したくらいなんで、とにかく踊るのと稼ぐのが大好きな人なんですよね。ガッツだけはあるから、聖水(おしっこ)ショーをやったのは母ちゃんが初なんじゃないかな。

ーー今やアングライベントでは定番の聖水ショーの元祖がお母様だったとは……!

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