11月30日は19世紀を代表する詩人「オスカー・ワイルド」が死亡した日! 女装、放蕩、若い少年・青年とのホモセクシャルな関係が問題に…

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(写真はWikipedia Oscar Wildeより使用。Public Domain)

『1882年、ニューヨークでのオスカー・ワイルド』(撮影=ナポレオン・サロニー)

 1900年11月30日は、アイルランド出身の19世紀を代表する詩人、小説家、編集者であるオスカー・ワイルドが死亡した日である。


 幼少期から詩人であった母に女装をさせられていたオスカー・ワイルドは、若かりし頃から派手で風変わりな服装で知られ、男女問わず著名人たちと浮き名を流す享楽的な人物として知られた。


 その生活スタイルは『忍耐、又はバンソーンの花嫁』のヒットで人気作家になっても、妻を娶り2児をもうけても変わらず、1891年にフランス語で執筆した『サロメ』が大ヒットした前後にも、若き少年、青年とのロマンスを絶やさなかった。


 その中でも『サロメ』の英訳者でもあった16歳年下のアルフレッド・ダグラスとの恋はスキャンダラスなもので、横暴なダグラスの父の逆鱗に触れたワイルドは、そのホモセクシュアルな関係を卑猥であると咎められ、2年間の懲役刑に処される。


 出所後はダグラスともう一人の恋人、ロバート・ロスと、それぞれと放浪の生活を続け、その途中で亡くなっていた自らの妻の墓参りにさえ、1年以上も遅れるという始末であった。


 遂には死ぬその時まで放浪を続け、最後はパリで死亡。


 その葬式に出席したのは、恋人たちとあと数人という、かつての煌びやかな生活とはかけ離れた寂しいものとなったという。


 人間としての栄枯盛衰、そのすべてをたった46年間でやり尽くし亡くなったオスカー・ワイルドの人生は、果たして不幸であったのか、幸福であったのか。

 

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編集部

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