1月24日は画家モディリアーニが破滅した日 ! 欲望と酒と麻薬に溺れた壮絶人生…

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(写真はWikipedia Amedeo Modiglianiより使用。Public Domain)

『モディリアーニ作「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」1919年』

 1920年1月25日は、強烈に個性的な作品と壮絶な人生を送ったことで知られるイタリアを代表する画家、アメディオ・モディリアーニが死亡した日である。

 イタリアで模範的な美大生であったが、パリに移住すると、ピカソを始めとしたそこに集う強烈な才能に衝撃を受けて生活態度を一変、酒と麻薬(アブサン、ハッシッシ)を大量に常用するという過剰なまでに無頼な別人格に生まれ変わったのだった。

 そして1916年頃からは早くも人生の最終段階を迎え、その才能も爆発的に発露。最後の3年間で現在残るほぼすべての作品を書き上げたのだった。また、出入りの激しかった異性関係もジャンヌ・エビュテルヌと出会ってからは落ち着き、1919年頃には婚約し長女ジャンヌ・モディリアーニを出産。ジャンヌの腹には2人目の子を宿すまでの関係になっていた。

 しかし、1917年に行なった最初で最後の個展は、裸婦の展示を咎めた警察に踏み込まれて台無しに。そして日頃の無軌道な生活に体が悲鳴を上げるように、1920年1月24日に、2人目の子供の出産をみることもなく、ジャンヌと結婚式を挙げることもなく、結核性髄膜炎で死亡した。

 だがモディリアーニの悲劇はまだ終わらなかった。翌日に妻のジャンヌが腹の子を道連れに飛び降り自殺。1歳2カ月の長女ジャンヌは、孤児となった。

 一説によれば、モディリアーニは生来患っていた結核を隠すために無理矢理に薬物とアルコールの依存を続けるしかなかったともいわれているが、その最後をみると、壮絶な終焉に相応しい人生を、その才能が予期していただけなのかもしれない。

 

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編集部

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