【独占】近所の娼婦・胎児を15人殺害、葬儀に参列した連続殺人鬼と交流する日本人学者が激白!! 「俺じゃない」衝撃告白と残された謎

★気鋭の教育学者・阿部憲仁がシリアルキラーの実像に迫る「凶悪犯プロファイル」シリーズ★

 チェスター・ターナーは1987〜98年までに妊娠中の胎児を含む娼婦15名を殺害した死刑囚だ。米ロサンゼルスのギャング地区であるサウスセントラルで、黒人ギャング「クリップス」の準メンバーだった。顔に残る大きな傷痕は、クラックコカインを売りさばいている時にジャンキーに襲撃されたときのもの。

【独占】近所の娼婦・胎児を15人殺害、葬儀に参列した連続殺人鬼と交流する日本人学者が激白!! 「俺じゃない」衝撃告白と残された謎の画像1
チェスター・ターナー。画像は「Getty Images」より引用

■チェスター・ターナーの人生と犯行

 1966年生まれのチェスターが5歳の時、両親が離婚。母親側に引き取られて米ロサンゼルスに移住する。気性が荒く厳格な母親は、自分が仕事で出ている間は必ず家の近所にいるようチェスターに指示し、食べ物にも厳しいルールが敷かれた。そんな環境に育ったチェスターは次第に自分をコントロールできなくなり、学校でも平気で性的ないたずらをする事で知られるようになった。

 17歳でピザの配達を始めるが、犯罪行為にも手を染めるようになり、麻薬やアルコールにハマりだしたことから母親に家を追い出される。そして、20歳頃から殺人に手を染め始める。

 チェスターが殺したのは、主にホームレスや売春婦、麻薬中毒者たちであった。1987年3月に最初の事件を起こして以降、1998年までに11件の殺人を行なっている。犯行の多くは自宅から4ブロック以内の狭い範囲で行われた。やがてチェスターは女性たちを絞殺するだけでは満足できなくなり、わざわざ殺害した女性の葬儀に出席したこともあったという。

 一方で、内縁の妻との間に子供ももうけている。だが、その妻も母親と同じく気性が荒い女性で、生活は荒れていたという。

 2003年、37歳になったチェスターは、レイプした女性が警察に逃げ込んだ事から逮捕される。その後、DNAから10名の女性を殺害していたことが発覚、死刑判決を受けるも新たな殺人事件が判明、さらにもう一度死刑判決を受けた。現在はサンクェントゥン刑務所に収監されている。

【独占】近所の娼婦・胎児を15人殺害、葬儀に参列した連続殺人鬼と交流する日本人学者が激白!! 「俺じゃない」衝撃告白と残された謎のページです。などの最新ニュースは知的好奇心を刺激するニュースを配信するTOCANAで

トカナ TOCANA公式チャンネル