射精の方法や女性の仕組み、初セックスも…! 大人になるまで“全て”を教えた西日本の「乳母システム」を取材!

【日本奇習紀行シリーズ 西日本】

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「ゲッティ」から引用

  戦国の風雲児として知られる織田信長の乳母・養徳院の子が、信長の信任厚い勇将・池田恒興(勝入)であったり、そんな信長を『本能寺の変』で討った明智光秀の重臣・斎藤利三の娘・福が、明智も豊臣も亡き後の江戸時代初期に、三代将軍・徳川家光の乳母・春日局となり、大奥から天下を動かす絶大な権力を得るなど、大昔の日本においては、「乳母」という存在が、極めて重要な意味と役割を持っていたとされている。それは時代の変遷とともに薄れていき、今ではその意味さえ知らないという人も珍しくないが、そうした中、たった数十年ほど前まで、「乳母」に重要な役割を担わせていた地域が存在していたのだという。

 

「今じゃここいらも随分と様変わりしたからね。昔のことを知っている世代も少なくなったと思うよ」

 

 かつて西日本のとある地域で行われていたという「乳母」のシステムについてそう語るのは、当地で生まれ育ち、自身も「乳母」の世話になったという横木一道さん(仮名・87)。なんでも横木さんの話によると、かつて当地においては、男の赤ん坊が誕生すると、大人になるまで「すべて」を乳母に任せて養育するという、極めて珍しい慣習が存在していたのだという。

 

「(男児が)生まれたら、母親の代わりに乳をやったり、おしめを替えたりとかっていう身の回りの世話をやるし、少し成長したら読み書きやら唄やらを教えたりもするよ。もちろん、さらに大きくなってきたら、“女の仕組み”だって教える。ここらじゃ昔はそれが当たり前のことだったんだよ」

 

 そもそも地域全体として見たときに、「乳母」という存在が、たった数十年前まで現役だったという時点で既に驚くべきことだが、それがあろうことか“性の手ほどき”まで行っていたというのだからさらに驚かされる。しかもこうした乳母による“性の手ほどき”は、単に口頭で教えるという程度のものではなく、「実践形式」のものであったというのだから開いた口がふさがらない。

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