【縄文族・展覧会】“現代の原始人”のヤバすぎるビジュアルが見られる! 縄文時代から考える日本のタトゥーと身体改造


 筆者・ケロッピー前田がタトゥーアーティストの大島托とともに推進する縄文時代のタトゥー復興プロジェクト、「縄文族 JOMON TRIBE」の展覧会がビームスジャパン新宿、4階フロアーにて開催中である。会期中に服飾の新作もリリースされる。(9月14日~9月28日 情報はこちら

 ご存知の方も多いと思うが、昨年2020年9月、5年間に及ぶタトゥーの医師法違反に関する裁判が最高裁で無罪確定となった。裁判を通じて、日本でも長年タブー視されてきたタトゥー議論が活発に行われるようになったことは、日本における根強い偏見を可視化することとなり、賛否様々な意見が噴出したが、結果的には日本におけるタトゥーの状況をより良き方向に前進させられたように思う。

 そんな中で、筆者が推進してきた“縄文族(縄文タトゥーを施した人々)”にも引き続き、世間的な関心が寄せられている。

 これは、2015年にタトゥーアーティストの大島托と筆者が立ち上げた縄文タトゥーの復興プロジェクト「縄文族 JOMON TRIBE」のことである。僕らは、「縄文時代にタトゥーはあったのか」という、日本の考古学でも長年議論されてきた問いに「現代人の身体に縄文の文様を彫り込むこと」で実践的に回答しようと試みている。プロジェクト成立の過程、縄文遺跡の調査や背景となる世界のタトゥー事情については、拙著『縄文時代にタトゥーはあったのか』(国書刊行会、2020年刊)に詳しい。

 まず最初に、縄文時代にタトゥー はあったのかどうかについて、疑問を持つ人がいるだろう。

 ここで重要なことは、1969年に刊行された考古学者の高山純の『縄文人の入墨』(講談社)という先行研究があったことである。

 具体的には、紀元3世紀の『魏志倭人伝』には「黥面文身(げいめんぶんしん:顔面及び全身のタトゥーの意)」という記述があり、当時の倭人がタトゥーまみれであったと書かれていた。さらに、明治時代から考古学者の間で縄文時代の土偶の顔に施された文様はタトゥーではないかという議論があった。高山はポリネシア(太平洋諸島)の考古学が専門だったこともあり、タトゥーの民族研究なども踏まえ、縄文時代にタトゥーはあったと結論づけていた。

 確かに火山の多い日本列島は酸性土壌のため、人骨は残っても皮膚などの物証を発見することは難しい。

 それでも、1991年にアルプスで発見された5300年前の最古級のミイラ、通称アイスマンが全身61ヶ所にタトゥーをしていた事実などから、人類史的な視点から見ても、縄文時代のタトゥーはあり得ることなのである。

 では、縄文時代にタトゥーがあったとしたらどんなものなのだろうか? 

 頭で想像しただけでもびっくりするようなビジュアルが飛び出してきそうだが、それを実際に現代人の身体に彫ることで具体化してご披露しようと試みたのが、我らが「縄文族 JOMON TRIBE」であった。もうひとつ説明しておきたいのは、縄文時代のタトゥー復興を掲げているが、タトゥー作品としてはあくまで現代的にソフィスティケートされたものとして仕上げていることである。

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