『即位の儀で束帯を身につける昭和天皇』1928年撮影

1989年1月7日は、日本の124代天皇である昭和天皇・裕仁が死亡した日である。
第二次世界大戦での日本の敗戦を受けて現在採用されている象徴天皇制の初代として、その際に行なった「人間宣言」とともに現在も国内外で広く知られている。
87歳という年齢は、諸説あるが現在のところ歴代最長寿の天皇といわれており、その63年にもわたる最長の在位期間に現人神から軍人、そして日本国の象徴へと変貌していく、まさに激動の人生を送った昭和天皇。
ちなみに、息子に当たる現平成天皇・明仁も長寿であり、現在84歳であるが、2019年4月3日に退位の予定であり、この生前退位が通常化した場合、裕仁の天皇としての長寿記録を破るものは現われないのかもしれない。
なお、第25代武烈天皇、第38代天智天皇、第56代清和天皇もこの日に死亡したとされており、歴代4人の天皇が亡くなった日として記憶すべき日でもある。

(画像はWikipedia Hirohito より使用。Public Domain)

1月7日の不幸

506年
【死去】武烈天皇【天皇】

498年(仁賢天皇11年)〜506年(武烈天皇8年)に第25代天皇となった人物で仁賢天皇の死後即位したとされるが未だに実在に対し議論が分かれる。『日本書紀』では暴君として描かれているが『古事記』にはそういった記載はなく伝承に食い違いが多い。506年1月7日死去、推定没年齢18歳。

671年
【死去】天智天皇【天皇】

飛鳥時代に第38代天皇(668年〜672年)となった人物。即位後668年に古代日本政府による初の律令法典とされる「近江令」を発令。670年、息子である大友皇子を史上初めての太政大臣に任命。翌671年1月7日死去。没年46歳。

880年
【死去】清和天皇【天皇】

平安時代に第56代天皇(858年〜876年)となった人物で清和源氏の祖として知られる人物。858年に9歳で即位。866年「応天門の変」勃発後、母方の祖父・藤原良房を摂政に任命。876年譲位後、879年に出家。翌880年1月7日に死去。没年30歳。

1952年
【社会事件】「米大統領ハリー・S・トルーマン水素爆弾開発公表」

1952年1月7日、アメリカが初めて水素爆弾を開発したことを第33代大統領ハリー・S・トルーマンが公表。

1970年
【死去】榎本健一【喜劇俳優・コメディアン・歌手】

第二次世界大戦前後の昭和初期に絶大な人気を博した”昭和の喜劇王”。舞台、映画、やがて隆盛するテレビの黎明期に活躍したが、プライベートでは息子の早世、持病の壊死での右足切断など、様々な障壁に苦しんだ。経済的な磁場もあり最晩年まで活動を続けたが、1970年の元旦に緊急入院し、1月4日には昏睡状態に。そのまま同年1月7日に肝硬変で死亡。没年65歳。

1986年
【死去】フアン・ルルフォ(Juan Rulfo)【小説家/メキシコ】

20世紀メキシコ(ラテンアメリカ)を代表する小説家のひとり。1936年、出入国管理事務所へ就職、文書係をしながら1944年に文芸雑誌『Pan(パン)』を刊行。1946年に出入国管理事務所を辞職し、車のセールスマンとして南メキシコを巡ることに。その後、作家活動を支援するためのセンターである「Centro Mexicano de Escritores」の研究員となり、代表作『燃える平原(El llano en llamas)』(1953年)、『ペドロ・パラモ』(1955年)を出版。1956年から『El gallo de oro(黄金の軍鶏)』といった映画やテレビの脚本を手がける。晩年は写真家としても知られるようになり、政府機関INI(国立先住民局)の出版部からメキシコ先住民の写真集を出版。1970年にメキシコ国民文学賞、1983年にアストゥリアス皇太子賞を受賞。1986年1月7日に肺ガンにより死去。没年68歳。

1989年
【死去】昭和天皇【第124代天皇】第二次世界大戦での日本の敗戦を受けて現在採用されている象徴天皇制の初代として、その際に行なった「人間宣言」とともに現在も国内外で広く知られている第124代の天皇。十二指腸乳頭周囲腫瘍(腺ガン)のため死亡。没年87歳。諸説あるが現在のところ歴代最長寿の天皇といわれており、その63年にもわたる最長の在位期間に現人神から軍人、そして日本国の象徴へと変貌していく、まさに激動の人生を送った。
1996年
【急死】岡本太郎【芸術家】1970年に大阪で行なわれた日本初の万国博覧会の際に作られた『太陽の塔』の作者としてその名を世界に知らしめた昭和期の日本を代表する国際的美術家。「芸術は爆発だ」の言葉とともに広く愛され、テレビメディアや執筆活動でも活躍した。急性呼吸不全のため84歳没。
1999年
【死去】東けんじ【漫才師】

1960年代に「バカだなぁ~」などのギャグで一世を風靡した漫才師で、漫才コンビ「Wけんじ」で知られる人物。鉄道員、サーカス団員などを経て、1955年に玉川良一とともに「Wコント」を結成。翌年、三波伸介が加わり「おとぼけガイズ」へ。トリオ解散後、宮城けんじと「Wけんじ」を1961年に結成、人気を博し東京を代表する漫才師として知られることに。晩年もテレビやラジオなどで活躍し1999年1月7日肝不全のため死去。没年75歳。

2000年
【競技中事故死】ゲーリー・オブライト(Gary Albright)【プロレスラー/アメリカ合衆国】

ネブラスカ大学在学時代にはNCAAレスリング選手権グレコローマンスタイルのスーパーヘビー級を3度制覇したアメレスの世界的選手であり、1987年にWCWからデビューしたプロレスラー。1990年に新日本プロレスに初来日し、1991年からはUWFインターナショナルに参戦開始。アメレス仕込みの高速投げっぱなしジャーマンスープレックスでKOの山を築き、フルネルソンスープレックスも含め、”殺人スープレックス”の使い手として同団体のエースレスラーとして君臨した。1995年からは全日本プロレスに参戦。2000年1月7日にアメリカのWXWでの試合中に心臓発作を起こし急死。没年36歳。晩年は深刻な糖尿病を患っていたとされている。

2006年
【火災事件】【放火事件】「下関駅放火事件」

2006年1月7日、西日本旅客鉄道・下関駅の東口駅舎が放火され全焼した事件。火災はプレハブ倉庫から発生、木造平屋建ての駅舎東口へと延焼し駅全体の約半分である3,840平方メートルを焼失。逮捕された福田九右衛門(当時74歳)は知的障害があり他の放火未遂事件で福岡刑務所を出所後8日目の犯行であった。この火災による死傷者は出ていない。

2008年
【死去】池田みち子【小説家】

“肉体派の風俗作家”と称され戦後活躍した小説家。日本写真公社に勤務しながら小説を書き、1940年に「上海」で第11回芥川賞候補へ選出。以後、作家生活へ入り『醜婦伝』(1950年)で注目を集める。1981年『無縁仏』が平林たい子文学賞を受賞。翌年NHKでドラマ化となった『生きる』を発表した。2008年1月7日、老衰により死去。没年97歳。

2012年
【死亡】二谷英明【俳優・アナウンサー】

ラジオ佐世保で3年間アナウンサーを務めた後の1956年に第3期ニューフェイスとして日活に入社(動機は小林旭ら)。”ダンプガイ”のニックネームで二枚目アクションスターとして活躍し、退社後に主役を務めた『特捜最前線』(1977年)で俳優としての地位を確立した。私生活では自身は再婚となった女優の白川由美との結婚、おしどり夫婦として知られ、実娘の二谷友里恵が郷ひろみと結婚したことでも話題となった(現在はトライグループ社長)。2012年1月7日に肺炎で81歳没。

2015年
【テロ】「シャルリー・エブド襲撃事件」

パリで発行されている風刺週刊誌『シャルリー・エブド』編集部が覆面の男らに襲撃され、同誌編集長、警官ら合計12人が殺害された事件。同誌2015年1月7日発売号に掲載されたイスラム過激派の風刺画がその原因であったとされている。容疑者はアルジェリア系フランス人の兄弟で、ともに射殺された。この事件を機に「Je suis Charlie(シャルリーを指示する)」の名の下に表現規制への抗議運動がフランス国内外へ波及した。

2018年
【死去】フランス・ギャル(France Gall)【歌手/フランス】

セルジュ・ゲンズブール作の『Poupée de cire, Poupée de son(夢みるシャンソン人形)』(1965年)で世界的な知名度を獲得したポップシンガー。本名はIsabelle Geneviève Marie Anne Gall。1970年代からは作曲家のミッシェル・ベルジェのプロデュースで人気を獲得し、1976年にはベルジェと結婚。晩年は乳ガンとなり表舞台から姿を消し、2018年に死亡した。没年70歳。