『ノースリッジ地震で崩落した陸橋』

1994年1月17日は、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス市ノースリッジ地方で4時30分55秒にモーメントマグニチュード6.7を記録したノースリッジ地震の発生した日である。
その日はマーティン・ルーサー・キングの誕生日ということで、アメリカにとっては国民の休日であったため、さらには人々が外出する前の早朝であったために被害は最小限であったといわれているが、高速道路が大破するなど、アメリカ有史上では最も経済的打撃があった地震のひとつとされている。
この地震の結果、犠牲となった死者は57人、負傷者は約5,400人にも上った。
そして翌年の同日、ほぼ同時刻に、日本では「阪神淡路大震災」が発生するのである。
この太平洋を挟んでの“不幸な一致”は、日米両国にとっての大きな傷として記憶すべき日なのである。

(画像はWikipedia 1994 Northridge earthquakeより使用。Public Domain)

1月17日の不幸

1年
【死去】ヴァルラーム・シャラーモフ(Varlam Tikhonovich Shalamov)【小説家・詩人/ソビエト連邦】

20世紀ソビエト連邦の小説家および詩人。1926年にモスクワ大学法学部に入学、在学中に反政府デモへ参加したことを理由に逮捕される。1932年に釈放され、雑誌記者をしながら創作活動を行なう。1937年に「反革命トロツキスト活動」の罪状により逮捕される。釈放後の1938年に逮捕され、1942年に釈放されるも1943年に4度目の逮捕をされることに。1953年にヨシフ・スターリンが死去したため釈放となり、1956年にニキータ・フルシチョフの恩赦によりモスクワへ戻る。1957年に雑誌『モスクワ』で編集業をしながら再び詩作を開始。1953から1973年にかけて綴った連作短編『コルィマ物語』が1976年にロンドンで単行本化。以後、詩人としてヨーロッパで知られるようになり1982年1月17日に肺炎で死去。没年74歳。

395年
【死去】テオドシウス1世(Theodosius I)【軍人・皇帝/イタリア】

4世紀イタリアで東西に分裂中のローマ帝国を一人で支配した最後の古代ローマ帝国皇帝(379年〜395年)。ローマ帝国上級将校であった大テオドシウスの息子として生まれ、374年にモエシアの軍司令官に就任。378年に東帝ウァレンスが『ハドリアノポリスの戦い』で死去すると西帝グラティアヌスにより東ローマ帝国共同皇帝に任命されることに。383年にグラティアヌス、392年にその異母弟ウァレンティアヌス2世が死去したためエウゲニウスが西方皇帝となるも394年に自身の息子ホノリウスを西帝として擁立し西ローマ帝国へ進軍。379年にホノリウスを後見人として東西のローマ帝国皇帝へ即位。390年にエジプト・カルナック神殿から戦勝祈念としてヘーリオスのオベリスクをコンスタンティノープル競馬場へ運ぶ。393年に古代オリンピックおよびオリンピアードを廃止。395年1月17日に冬営先で浮腫により死去。没年48歳。

1784年
【死去】与謝蕪村【俳人・画家】

江戸時代中期の俳人および画家。1736年頃に大阪から江戸へ向かい俳人・早野巴人に師事し俳諧を学ぶ。1742年に早野が死去すると俳人・砂岡雁宕(いさおか がんとう)の元へ。その後、松尾芭蕉の行脚生活に憧れ東北地方を絵を描きながら行脚。1744年に句集『歳旦帳(宇都宮歳旦帳)』を発表し蕪村を名乗る。その後、京都で『風竹図屏風』などの絵画を発表し1758年頃から与謝を名乗る。晩年も俳人・画家として活躍し1784年1月17日に死去。没年68歳。

1893年
【死去】ラザフォード・B・ヘイズ(Rutherford Birchard Hayes)【政治家・軍人・弁護士/アメリカ合衆国】

19世紀アメリカの政治家および軍人・弁護士で第19代アメリ大統領(1877年〜1881年)でホワイトハウスで就任宣誓をした初の大統領としても知られる人物。弁護士、法務官を勤め1861年に「南北戦争」へ参加。少将となり戦後1865年からは下院議員を務める。議員退職後はオハイオ州知事へ就任。1876年に『1876年アメリカ合衆国大統領選挙』として知られる白熱した大統領選に当選。大統領就任後はレコンストラクションの終了、第二次産業革命、南北の和解、官庁改革を行なう。大統領退任後は故郷のオハイオへ戻り教育改革を指導。1893年1月17日に心臓発作で死去。没年70歳。

1933年
【死去】ルイス・カムフォート・ティファニー(Louis Comfort Tiffany)【宝飾デザイナー/アメリカ合衆国】

19世紀後半から20世紀にかけてのアメリカの宝飾デザイナー。ティファニー社のチャールズ・ルイス・ティファニーの息子として生まれ、画家を目指し画家のジョージ・イネスらに師事。1875年にガラス製造所に従事し1879年にチャールズとともに初のガラス製造所を開設。1885年にガラス工芸スタジオのティファニー・スタジオを開業。1900年に「パリ万国博覧会」へ作品を出展、ニューヨーク・アール・ヌーヴォーの第一人者としてのアメリカで名声を得ることに。1902年にチャールズが死去するとティファニー本社アーティスト・ディレクター部門顧問へ就任。1918年にティファニー本社を退任。1928年にティファニー・スタジオ倒産。1933年1月17日に肺炎で死去。没年84歳。

1951年
【殺人事件】「神戸洋服商殺人事件」

1951年1月17日に兵庫県神戸市生田区の洋服商夫妻を、顔見知りであった当時詐欺容疑で指名手配中の在日朝鮮人・孫斗八(そん・とうはち)(当時25歳)が金づちで撲殺。同月27日に逮捕され死刑となるも、孫は訴訟を起こし続け1963年に刑が執行されることとなった。

1977年
【死刑】「ゲイリー・ギルモアの死刑」

人権的見地から死刑執行が停止となっていたアメリカ・ユタ州で、「死刑にされる権利」を州知事に要求していた死刑囚のゲイリー・ギルモアが、その権利を勝ち取り銃殺刑に処された。ギルモアは10歳頃からその人生を通じて逮捕と釈放を繰り返しており、最終的には殺人と強盗で死刑が確定していた。死刑停止の時期には同じく収監されていた恋人と同時刻に殺人未遂も起こしていた。没年36歳。その異常な物語は『死刑執行人の歌』『心臓を貫かれて』等の文学作品となり世界的な関心事となった。

1994年
【自然災害】「ノースリッジ地震」

アメリカ・ロサンゼルスの中心からそう遠くない場所でマグニチュード6.8の地震が発生。死者57人、負傷者約5,400人と、翌年同日の阪神淡路大震災と比べると比較的小規模に思われるが、高速道路が大破するなど、アメリカ有史上では最も経済的打撃があった地震のひとつとされている。

1995年
【自然災害】「阪神・淡路大震災」

関西京阪神地区において、マグニチュード7.3を記録した大地震「兵庫県南部地震」が発生。早朝の5時46分に発生した大都市圏の直下型地震のために、寝ていたまま住宅に押し潰された犠牲者を中心に、6,434人もの死者が出ており、4万人以上の負傷者を出すこととなった。膨大な被害からの立ち直りとして、被害地域にホームタウンを置いていたプロ野球オリックス・ブルーウェーブが「がんばろう神戸」を合言葉にパ・リーグ優勝を遂げたことでも話題となった。

2010年
【急死】小林繁【プロ野球選手・指導者・解説者】

1973年ドラフト6位で巨人に入団し4年目より強豪を担う若手エースとして君臨していたサイドスローの投手であったが、当時話題の新人であった江川卓入団を至上命令とした球団の意向により、江川のドラフト権を獲得した阪神とのトレードで放出された。以降は阪神タイガースのエースとして活躍し、最多勝1回、シーズン最優秀投手2回、沢村賞2回を獲得。キャリア通算で139勝を挙げた。引退後はスマートな語り口で解説者、ニュースキャスターとしても活躍したが、バブル崩壊の影響もあり莫大な借金を抱えた。投手コーチとしては近鉄、日本ハムと渡り歩き、2010年シーズンには1軍投手コーチを務める予定であったが、福井市内にあった自宅で「背中が痛い」と不調を訴え心肺停止に。そのまま心筋梗塞による心不全で急死した。没年57歳。

2010年
【急死】浅川マキ【歌手】

“黒”、”夜”、そして”闇”を身にまとい続け”アンダーグラウンドの女王”と呼ばれた歌手。そのイメージはキャリアを通じて一度もぶれることはなく、独特の世界観で創り出されるブルースは、”アンダーグラウンド”の領域に止まらない人気を誇っていた。代表曲に『夜が明けたら』『かもめ』『朝日のあたる家』等多数。2010年1月17日に公演のため訪れていた名古屋のホテルで死亡しているところを発見された。没年67歳。

2010年
【自殺】【怪死】郷里大輔【声優・ナレーター】

その独特勝つ骨太な声で、報道番組『THE・サンデー』他シリアスなナレーションで活躍し、アニメ『キン肉マン』のロビンマスク役や『ドラゴンボールZ』のミスター・サタン役で知られる声優。2010年1月17日に東京都中野区本町の路上の建物と建物の間で手首などから流血をして死亡しているところを発見された。近くから刃物、遺書(家族宛てで「ごめんね」「ありがとう」等の言葉)が発見されたが、所属の青ニプロは急性心不全と発表。没年57歳。晩年は糖尿病や網膜剥離に悩まされていた。