『1975年に発売されたカーペンターズのアルバム「CARPENTERS LIVE IN JAPAN」のジャケット内側の写真』

1983年2月4日は、1970年代に全世界的なヒットを連発した兄弟デュオ、カーペンターズのカレン・カーペンターが死亡した日である。
1969年にA&Mレコードと契約し、兄リチャードと共にカーペンターズとして19歳でデビュー。
翌年に発売された『Close to You(遙かなる影)』が全米ビルボードランキング1位を獲得、その後発売された同名アルバムも絶大な支持を受け、20歳にして早くもスターダムに登り詰めた。
その後も『Superstar』『Yesterday Once More』『Top of the World』等のヒット曲を連発し、アメリカのみならず、日本を含む全世界的なスーパースターとなった。
しかし、日々“太りすぎていないか”ということを気に病んでいたために摂食障害を患い、下剤と甲状腺促進錠剤、嘔吐剤を多量に常用していたという。
その後も無謀なダイエットを続けたカレンの体重は、やがて30キロ代に突入し、心不全で亡くなった頃、最終的には163センチで35キロほどという状態にまでなっていたとされる。
一説によればこの着物姿の写真が撮影された時期が最も太っているといわれているが、特に太りすぎというレベルにはないのは明らかである。
スターならではの意識の高さが裏目に出たという歌姫カレン・カーペンターの32歳での早世は、当時はまだ一般的ではなかった摂食障害という病気を世界的に認知させるきっかけになり、今では誰もがその恐ろしさを共有できるまでになっている。
我々の歴史は、乗り超え続けてきた数多くの《不幸》の上に成り立っており、時としてそれは輝きを一身に集めるスターの悲劇によって共有されるのである。

(画像は『CARPENTERS LIVE IN JAPAN』(1975年/A&M RECORDS発売)より使用)

2月4日の不幸

1943年
【死去】林銑十郎【軍人・政治家】

陸軍の軍人として日清・日露戦争に従軍した後、斎藤実内閣と岡田啓介内閣では陸軍大臣を務め、1937年2月に第33代内閣総理大臣にまで登り詰めた人物。軍人らしいカイゼル髭のルックスで知られたが、1937年3月末に内閣総解散をした結果(食い逃げ解散)、6月に総辞職をする羽目となり、その政権は短命に終わった。1943年1月半ばから風邪で療養中の2月4日に脳溢血で死亡。没年66歳。

1966年
【航空事故】「全日空羽田沖墜落事故」

1966年2月4日、東京湾・羽田空港沖で全日空60便(ボーイング727-100型機)が起こした墜落事故。事故当時、東京湾付近で機長がフライトプランを変更、その後消息を絶ち羽田沖で墜落しているのが発見された。この事故により乗客乗員を含む133人全員が死亡。死亡者の中には旭屋書店創業者・早嶋喜一、美術出版社社長・大下正男といった著名人がいた。事件後、調査団が発足し1968年に原因は機体の欠落によるものと判明した。大型ジェット旅客機の事故としては日本初、また当時の最新鋭機であったため世界から注目を集め、この事故以降、機体にはブラックボックスの搭載が義務付けられた。

1971年
【倒産】「ロールス・ロイス社経営破綻」

1971年2月4日、イギリスの自動車メーカーロールス・ロイス社経営破綻。主な原因は新型のジェットエンジン開発が難航したことによる。

1974年
【誘拐事件】「パトリシア・ハースト誘拐事件」

1974年2月4日、”アメリカの新聞王”ランドルフ・ハーストの孫パトリシア・ハーストがSLA(左翼過激派組織シンバイオニーズ解放軍)により誘拐された事件。SLAは身代金の代わりにカリフォルニア州の貧困層40万人に70ドル分の食糧を与えることを要求。その後、パトリシアは一転してSLAの一員へ。同年5月FBIがSLAのメンバー6人を射殺、アジトを焼失させているがパトリシアは外出中であったためそのまま逃亡、同年9月潜伏先で逮捕された。逮捕後、銀行強盗などの罪でパトリシアには懲役35年の刑が言い渡されたが、保釈金およそ1億5000万円が支払われ1年4カ月で出所。この事件から「ストックホルム症候群」「マインドコントロール」といった言葉が広く知られるようになった。

1983年
【摂食障害死】カレン・カーペンター(Karen Anne Carpenter)【ミュージシャン・シンガー/アメリカ合衆国】

1969年にA&Mレコードと契約し、兄リチャードと共に結成した兄弟デュオ、カーペンターズのメンバーとして、1970年代に全世界的なヒットを連発したミュージシャン、シンガー。19歳でデビューし、翌年に発売された『Close to You(遙かなる影)』が全米ビルボードランキング1位を獲得、その後発売された同名アルバムも絶大な支持を受け、20歳にして早くもスターダムに登り詰めた。その後も『Superstar』『Yesterday Once More』『Top of the World』等のヒット曲を連発し、アメリカのみならず、日本を含む世界的なスーパースターとなった。しかし私生活では摂食障害を患い、下剤と甲状腺促進錠剤、嘔吐剤を多量に常用するという無謀なダイエットを続け、1983年2月4日に実家で倒れ、そのまま心不全で死亡。没年32歳。

2005年
【自殺】J・J・ジョンソン(J.J.Johnson)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

モダンジャズを代表する技巧派のトロンボーン奏者として活躍した人物。1940年代にスウィング・ジャズ時代にビッグ・バンドでキャリアを積み、1950年代にチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらとの共演でともにモダン・ジャズを全盛に導いた。最晩年まで現役を続けたが、前立腺ガンを苦に2005年2月4日に拳銃自殺。没年77歳。

2005年
【死去】ルイス・サンチェ(Luis Mercedes Escobar Sánchez)【プロ野球選手/ベネズエラ】MLBを経て1986年に読売ジャイアンツに入団。サンチェの登録名で同球団のリリーフ投手として活躍したが、翌年足の故障などで退団し現役引退。2005年2月4日に母国にて脳血管疾患で死亡した。没年51歳。
2010年
【暴力事件】【不祥事】「第68代横綱・朝青龍現役引退」

2010年1月16日、初場所中であった第68代横綱・朝青龍が泥酔し一般男性に暴行。このため、朝青龍は同年2月4日、日本相撲協会理事会で事情聴取後に度重なる不祥事に責任を取る形で現役引退を発表した。

2015年
【航空事故】「トランスアジア航空235便墜落事故」

2015年2月4日、トランスアジア航空235便(ATR72-600)が中華民国台北市南港区の基隆河に墜落した事故。事故原因は離陸直後に第2エンジンが故障・停止したが、緊急手順を取らず、第一エンジンも停止させたことによる人為的ミスであった。この事故により乗客乗員を合わせた43人が死亡し、17人(車で高速道路走行中事故に巻き込まれた2人を含む)が負傷した。度重なる事故によりトランスアジア航空は2016年に運航停止・会社解散となっている。

2016年
【死去】モーリス・ホワイト(Maurice White)【歌手・ミュージシャン/アメリカ合衆国】

1970年代から1980年代にかけて世界を席巻したファンクバンド「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」のリーダーとして知られるミュージシャン、歌手。代表曲に世界的ヒットとなった『Fantasy』『September』『Boogie Wonderland』等多数。1983年にバンドの活動を休止するとソロ活動に移行し、1887年に「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」が活動再開をしてもライブに参加することは稀となり、プロデュース業に移行した。原因は生来の神経症に加えパーキンソン病を患っていたため。2016年2月4日早朝、ロサンゼルスの自宅で睡眠中にパーキンソン病のために死亡。没年74歳。