『映画化翌年の1955年7月に刊行された香山滋の小説「怪獣ゴジラ」の表紙』

1975年2月7日は、日本が生んだ最大の怪獣映画『ゴジラ』の原作者である香山滋が死亡した日である。
『恐怖島』『悪霊島』等の冒険家・人見十吉を主人公にした秘境探検小説に怪獣を登場させていたことから東宝から声がかかり実現した『ゴジラ』は、広島・長崎への原爆体験も記憶に新しい敗戦直後を生きた香山が、近未来の原水爆の戦争使用を恐れていたことから生み出されたとされる。
その原水爆の“メタファー”としてのゴジラが、ロシアとともに世界最大の原子爆弾保有国であるアメリカの映画ファンに受け、1998年にはハリウッド版の『GODZILLA』までが制作されている。
また、熱心なゴジラファンとして知られたかつての北朝鮮の指導者、金正日は映画『プルガサリ』を制作するとともに、祖国を核兵器の保有国へと導き、現在も息子の金正恩体制で世界に驚異を与え続けている。
さらに2018年には、核実験の是非を巡りアメリカと北朝鮮が史上初の会談を行なった。
果たして、その世紀の人気怪獣に込められた香山の魂の行き先は、核兵器の存在感が増してゆく今後の人間社会で、どこに行き着くのであろうか。

(画像は香山滋著『小説ゴジラ』島村出版/1955年)

2月7日の不幸

1045年
【死去】後朱雀天皇【天皇】

平安時代中期に第69代天皇(1036年〜1045年)となった人物。1017年に皇太子となり、兄・後一条天皇が死去したため1036年に天皇に即位。荘園増加により財政難が続いたため1040年に荘園整理令に着手。1045年、悪性腫瘍により後冷泉天皇へ譲位。2日後に出家し同年2月7日に死去。没年37歳。

1642年
【死去】安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)【僧侶】

戦国時代から江戸時代前期の浄土宗西山深草派の僧侶で落語の祖として知られる人物。幼少期に美濃国浄音寺へ出家、文叔(ぶんしゅく)に師事。その後、京都禅林寺で甫叔(ほじゃく)に学び、1596年に美濃国浄音寺へ戻り25世住持へ。1613年、浄土宗西山深草派法主となり、1623年に紫衣を許されその後塔頭竹林院で隠居生活を送る。1620代後半に京都所司代・板倉重宗の依頼で笑話集『醒睡笑』を発表、同作品は後に落語として披露される作品が多数収められており大きな影響を与えることとなった。1642年2月7日、老衰により死去。没年88歳。

1878年
【死去】ピウス9世(Pius IX)【ローマ教皇/イタリア】

19世紀イタリアの第255代ローマ教皇(1846年〜1878年)で教皇在位期間が31年7カ月と史上最も長い人物。叙階、スポレート大司教、枢機卿を経て1846年にローマ教皇へ選出。在位中はイタリアの近代化を推進、リソルジメント(イタリア統一運動)が活発となる中、市民からは”覚醒教皇”と呼ばれ支持を得た。1848年「フランス2月革命」勃発後はオーストリアとの関係悪化を恐れ、バチカンの戦争不介入を発表、リソルジメントととも距離を置いたため近代社会から教皇庁は断絶状態となる。同年、市民の暴動が起こりローマ暫定政府首班ペレグリーノ・ロッシが暗殺、ピウス9世も市民軍により軟禁されることに。1849年、ローマ共和国が樹立。翌年ローマへ戻るもサルデーニャ王国との対立が悪化し、1870年ローマは同王国の支配下へ。翌年にイタリア王国が樹立、教皇領が廃止となりピウス9世は自らを”バチカンの囚人”と公表しイタリア政府とバチカンは断絶状態へ。以後、バチカンから出ることなく1878年2月7日に死去。没年85歳。葬儀では棺に泥が投げられ、テヴェレ川に投げ込まれそうになるといったデモが起こった。

1885年
【死去】岩崎弥太郎【実業家・武士】

三菱財閥創業者・初代総帥として知られる明治時代の実業家および武士。地下浪人として土佐藩に仕え、1854年に奥宮慥斎の従者として江戸へ向かい、安積艮斎の見山塾へ入塾。1855年に父・弥次郎が喧嘩により投獄されたため帰国。奉行所に訴えるも意見が通らなかったため壁に「官は賄賂をもってなり、獄は愛憎によって決す」と書き自身も投獄されることに。獄中で商人から商法などを学び出獄するも郷里から追放され吉田東洋の少林塾に入塾。東洋の従者として長崎へ向かうも丸山花街通いで資金がなくなり無断帰国したため罷免となる。その後、土佐藩の貿易や海援隊の残務整理を担当。明治維新後は九十九商会の経営者となり海運業を開始。以降、三菱商会、三菱蒸汽船会社と社名を変えながら事業を続け「西南戦争」で莫大な利益を得た後、1885年2月7日胃ガンにより死去した。没年50歳。

1972年
【死去】ウォルター・ラング(Walter Lang)【映画監督/アメリカ合衆国】

映画『Sentimental Journey(センチメンタル・ジャーニー)』『There’s No Business Like Show Business(ショウほど素敵な商売はない)』等を手掛けたことで知られる映画監督。ユル・ブリンナー主演の『The King and I (王様と私)』で1956年のアカデミー賞9部門にノミネートされた。75歳没。

1975年
【死去】香山滋【小説家】日本が生んだ最大の怪獣映画『ゴジラ』の原作者である空想小説家。『恐怖島』『悪霊島』等の冒険家・人見十吉を主人公にした秘境探検小説に怪獣を登場させていたことから東宝から声がかかり『ゴジラ』の原作として起用された。同作は、広島・長崎への原爆体験モ記憶に新しい敗戦直後を生きた香山が、近未来の原水爆の戦争使用を恐れていたことから生み出されたとされる。心不全で1975年2月7日に死亡。没年70歳。
1992年
【薬物過剰摂取】【夭逝】バズ・ソイヤー(Buzz Sawyer)【プロレスラー/アメリカ合衆国】

“マッドドッグ” の異名で知られる1980年代に活躍したアメリカのプロレスラー 。 ハイスクール時代からレスリングやアメリカンフットボールなどで 活躍し、 1979年にフロリダのCWFでプロレスラーとしてデビュー。 1980年にボビー・ ジャガーズと対戦しNWAサウスイースタンTV王座を獲得。 同年、マット・ボーンと組みジミー・スヌーカ、アイアン・ シークのチームを破りNWAミッドアトランティック・ タッグ王座を獲得。1982年、弟のブレット・ ソイヤーとタッグを組み活躍するも、ヒールに転向しジョージア・ チャンピオンシップ・レスリングへ出場。トミー・ リッチとの抗争でプロレス界での知名度を得ると1983年にスタ ン・ハンセンと対戦。その後、ダスティ・ ローデスとの抗争やアンドレ・ザ・ ジャイアントと対戦しWWFに参戦。1985年からMSWA・ UWFで活動を開始し1986年にクリス・ アダムスからTV王座を奪取、同年テキサス・ ヘビー級王座を獲得。1987年、 新日本プロレスのアントニオ猪木、 坂口征二らと対戦し以後同団体の常連外国人選手へ。1989年、 WCWで活躍後、 インディー団体を転戦していたが1992年2月7日、 薬物過剰摂取により死去した。没年32歳。

2000年
【死去】【夭逝】 新山志保【声優・アナウンサー】

1990年代に活躍した青二プロダクション所属の声優・ アナウンサー。 大学在学中の1990年に青二塾大阪校第8期生となり1992年 に卒業。卒業後はテレビ朝日『美少女戦士セーラームーン』 の星野光役やフジテレビ『プロ野球ニュース』 のナレーターなどで活躍。1998年、 急性白血病となり闘病生活を送っていたが2000年2月7日に同 病の合併症のため死去。没年29歳。

2006年
【急死】富樫洋一【ライター・ジャーナリスト・解説者】

イタリアフットボールリーグのセリエAに造詣が深く、“ジャンルカ・トト・富樫”を自称し活躍したフットボール・ジャーナリスト。2006年2月にエジプトのカイロで行なわれた「アフリカネイションズカップ2006」を取材中に風邪を発病していたがそのまま続行し、同月7日にホテルでの睡眠中に呼吸困難を起こし急死。没年54歳。アフリカサッカーへの貢献に敬意を表し、同大会の決勝であるエジプト代表対コートジボワール代表戦のキックオフ前に黙祷が捧げられた。

2007年
【死去】【夭逝】マイケル・ア・ラ・モード【音楽ディレクター/アメリカ合衆国】

コナミハワイの社員でのダンスシミュレーションゲーム『 DanceDanceRevolution』 の音楽ディレクターとして知られる人物。2007年2月7日、 大動脈瘤破裂により死去。推定没年34歳。

2009年
【火災事件】【自然災害】「2009年ビクトリア州森林火災」

2009年2月7日、オーストラリア・ ビクトリア州を中心に大規模な山火事が発生。 火災は同年3月14日まで続き、およそ4, 500平方キロメートルを焼失し400人以上が負傷、 173人が死亡した。

 

2012年
【死去】千石正一【学者】

”千石先生”の愛称で知られるTBSテレビ『 わくわく動物ランド』『どうぶつ奇想天外!』 などに出演していた動物学者。大学卒業後、 財団法人自然環境研究センター研究主幹に就任。その後、 東京環境工科専門学校講師や帝京科学大学教授などを務める傍らテ レビの動物番組に出演。2000年「みどりの日」 自然環境功労者環境庁長官表彰を受賞。2012年2月7日、 ガンのため死去。没年62歳。

2012年
【トンネル事故】「倉敷海底トンネル事故」

2012年2月7日、 岡山県倉敷市の水島コンビナート内にあるJX日鉱日石エネルギー 水島製油所でシールドトンネル工法施工中に起きた海底トンネル事 故。施工中にトンネル内に海水が流れ込み作業員5人が死亡、 1人が負傷した。

2014年
【死去】牧野隆志【歌手・作曲家】

歌手グループ「東京プリン」のメンバーで知られる人物。 大学卒業後、1997年に東京プリンでデビュー。その後、 ラジオDJやテレビリポーターなどで活躍し2003年からエイベ ックス・グループ・ ホールディングスが主催するシークレットライブの主催を務める。 2009年、音楽情報番組『メロjpでいこう!』、 仙台放送情報番組『あらあらかしこ』のMCを担当。 2010年に肺ガンを患っていることを公表、 闘病生活を送っていたが2014年2月7日、 呼吸不全により死去。没年49歳。