『CD付き書籍「ルパン三世よ永遠に-山田康雄メモリアル-」の表紙』

1995年3月19日は、クリント・イーストウッドの吹き替え、そしてアニメ『ルパン三世』のルパン役で知られた声優の山田康雄が死亡した日である。
モンキー・パンチの原作を遙かに上回るスケールで国民に定着したアニメ『ルパン三世』シリーズだが、そのイメージは初代ルパンの声優を務めた“実写版ルパン”こと山田康夫の存在感抜きには語れないだろう。その意味では1995年の山田康夫の急死は作品にとって、絶体絶命のはずだった。
すると当時、劇場用アニメ『ルパン三世 くたばれ! ノストラダムス』の制作期間内だったために、急場しのぎ的にモノマネタレントの栗田寛一が起用された。
しかしこの脱力してしまうような交代劇が、現在となっては意外にも声優交代の数少ない成功例となっている。
2013年にも主要キャラクター銭形警部役の納谷悟朗が死亡し、その声優交代もかなりの難事業だと思われたが、世代きっての多才な声優である山寺宏一を起用して何事もなかったかのように再始動している。
よく聞き比べてみれば、次元大介以外の主要キャラは総入れ替え状態なのだが、ルパンのぬぐいきれない物まね感以外は、ほぼ違和感がない。
他の数多くの“国民的”アニメ作品が生き延びてゆくためには、参考にしたい成功例のひとつであろう。
ちなみに、山田康夫は死ぬ直前に「俺が死んだら新しいルパンを作らないでほしい」と言い残したとされるが、いまだ大人気のルパンだけに、今後もその新作は生まれ続けるだろう。
原作者が死のうが、主演声優が死のうが、生みの親の気持ちとは関係なく走り続ける。
永遠の命こそが、“国民的”アニメとしての宿命。
それが作品にとっての《幸》か《不幸》かは、誰の知るところでもない。

(写真はCD付き書籍『ルパン三世よ永遠に-山田康雄メモリアル-』2002年/パイオニアLDC)

3月19日の不幸

1721年
【死去】クレメンス11世(Clemens XI)【ローマ教皇/イタリア】

17世紀〜18世紀イタリアで第243代ローマ教皇となった人物。1690年、第241代ローマ教皇・アレクサンデル8世により助祭枢機卿へ就任。1700年に司祭枢機卿となった後、同年ローマ教皇へ就任。1701年「スペイン継続戦争」が勃発、1707年にイタリア領の大半がオーストリアに制圧されることに。その後、クレメンス11世が関わることなく1713年から「ユトレヒト条約・ラシュタット条約」が締結されイタリアが分割。同年、カトリックから異端とされたジャンセニスムを批判した初の教皇勅書『ウニゲニトゥス』を発表。1721年3月19日死去。没年71歳。

1943年
【自殺】フランク・ニッティ(Frank Nitti)【ギャング/アメリカ合衆国】

アル・カポネの後継者といわれたアメリカ・シカゴのギャングで組織「シカゴ・アウトフィット」の幹部だった人物。理髪師を経て、1910年代後半からギャングスターのジョニー・トーリオと知り合い、宝石泥棒・売買、酒の密輸入などを行ない、アル・カポネの組織「シカゴ・アウトフィット」へ入る。1931年、アル・カポネとともに脱税で逮捕される。出所後は同組織を指揮。その後、ハリウッドに進出したギャングのウィリー・バイオフらと会合。ハリウッド進出を狙うもバイオフが逮捕されたことで、ニッティも逮捕されそうになったため収監を恐れて1943年3月19日、自宅で拳銃自殺した。没年57歳。

1943年
【自殺】【夭逝】フレッド・クレール・スカマローニ(Fred Scamaroni)【活動家/フランス】

20世紀フランスの活動家。1934年に右派に反対するデモに参加、1939年「ポーランド侵攻」によりフランス軍へ参加。1940年、フランス軍の仲間とともにイギリスへ行く機会を探り渡英。渡英後はシャルル・ド・ゴールの自由フランス軍に入りフィリップ・ペタン派の軍と戦い逮捕され、1941年に釈放される。1943年、レジスタンスとしてイギリスの潜水艦でコルシカへ潜入するもイタリアの秘密警察(OVRA)により逮捕・拷問を受けることに。同年3月19日、情報を漏らすことなくOVRAの独房で自殺。没年28歳。

1974年
【冤罪事件】「甲山事件」

兵庫県西宮市の知的障害者施設、甲山学園の浄化槽から、1974年3月17日、そして3月19日に行方不明となった幼児2名の溺死体が発見された事件。浄化槽のマンホールが幼児には自力で開けることのできない重さであったために殺人事件として捜査が行なわれた後に、唯一アリバイの無かった保育士の山田悦子が殺人容疑で逮捕された。しかし1980年に当時施設にいた幼児が5人で遊んでいた際に被害者が浄化槽に落ち、その後5人でマンホールの蓋を閉められたことを告白。幼児同士の遊戯中の事故死であることが証明され、事件発生から25年後の1999年に山田の無罪が確定した。

1978年
【死去】ガストン・ジュリア(Gaston Maurice Julia)【数学者/フランス】

「ジュリア集合」で知られるフランスを代表する数学者。第一次大戦への従軍中に鼻を失い、生涯その部分を革で覆って過ごした。85歳没。

1982年
【航空事故】ランディ・ローズ(Randy Rhoads)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

バンド「クワイエット・ライオット」「オジー・オズボーン」の初代ギタリストとして活躍したギタリスト。オジー・オズボーン・バンドでその才能を発揮し始めた矢先の1982年3月19日、フロリダ州リースバーグで乗った小型機が墜落、同乗の2名とともに即死した。没年25歳。

1990年
【薬物過剰摂取】アンドリュー・ウッド(Andrew Patrick Wood)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

14歳の当時の1980年に兄のケヴィンと共にバンド「マルファンクション」を結成しデビュー。ヴォーカルとして活躍した歌手、シンガーソングライター。若くして薬物中毒を患い1985年頃にはリハビリ施設へ通い始めていた。1988年にバンドは解散したが、グリーン・リヴァーのメンバーらと1989年に「マザー・ラヴ・ボーン」を結成、再びそのヴォーカリストとして活動を開始したが、再びヘロイン中毒を発症しリハビリ施設に。翌年ライヴ出演のために復帰したが、3月16日にヘロインの過剰摂取で昏睡状態に。交際相手の発見で即時入院したが、脳動脈流破裂により脳死状態になり、3日後の3月19日に延命器具を外され死亡した。没年24歳。

1995年
【死去】山田康雄【俳優・声優】

名優クリント・イーストウッドの吹き替え、そしてアニメ『ルパン三世』のルパン役で知られた声優、俳優。山田康夫の急死は作品的に絶体絶命のはずだった。晩年はカリウム欠乏症を患い、劇場用アニメ『ルパン三世 くたばれ! ノストラダムス』の制作期間内に脳出血で急死。没年62歳。同作は急場しのぎ的にモノマネタレントの栗田寛一が起用された。なお、山田康夫は死ぬ直前に「俺が死んだら新しいルパンを作らないでほしい」と言い残したとされる。

1997年
【未解決事件】「東電OL殺人事件」

東京電力の幹部社員であった渡邉康子が3月9日未明に渋谷区のアパートで何者かに強姦された後に絞殺された事件で、3月19日にその死体が発見された。その殺人自体も話題となったが、操作過程で被害者が定期的に路上で売春を行なっていたことが明らかになり、エリート女性の闇の部分がクローズアップされ社会的関心を集めた。殺人現場の鍵を持っており、彼女との買春経験もあったネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリが強姦致死の容疑で逮捕されたが、2012年に無罪が確定した。

2003年
【死去】冬木弘道【プロレスラー】

国際プロレスに入門しデビューするも、同団体の解散で全日本プロレスに移籍。アメリカ遠征後にサムソン冬木と改名。その後はかつて付き人を務めた天龍源一郎の天龍同盟に加入し、遠征時のタッグパートナーであった川田利明とのフットルース活躍した。1990年に天龍が新団体SWSに移籍するとそれに続き、天龍がSWSから離脱するとそれに続きWARに参戦した。この頃からリングネームを本名の冬木弘道に戻し、邪道・外道と「冬木軍」を結成。以降インディー団体を中心に転戦し”理不尽大王”としてヒールのキャラクターを確立した。2002年4月9日の冬木軍主催興行の試合後に大腸ガンを理由に引退を表明。ノアの全面協力で4月14日に引退試合を行なった。引退後はWEWのプロデューサーとして活躍したが、翌年3月19日にガン性腹膜炎で42歳没。5月5日にワンマッチでの復帰戦の相手を予定していた橋本真也は電流爆破マッチの試合後に冬木の遺骨を抱えて電流爆破を受けた。

2003年
【夭折】華倫変【漫画家】

大学在学中に講談社『週刊ヤングマガジン』ちばてつや賞を受賞し同誌でデビュー。その後『マンガ・エロティクスF』等で執筆を開始するも2003年3月19日に心不全のため28歳没。2001年に短編作品『張り込み』が篠原哲雄により同盟作品として映画化された。

2008年
【死去】アーサー・C・クラーク(Sir Arthur Charles Clarke)【小説家/イギリス】

20世紀を代表する世界的SF小説の大家にして、スタンリー・キューブリック作の不朽の映画作品『2001年宇宙の旅』の脚本を手がけたことで知られる人物。自らの作品『前哨』を元にしたといわれる映画『2001年宇宙の旅』に関してはその公開後納得がいかなかった部分が多く、2カ月後に自らの著書として発売した。私生活では同性愛、もしくは両性愛者として知られ、晩年は自国に比べ同性愛に寛大であったスリランカに移住し、趣味のスキューバ・ダイビングをしながら執筆活動を続けた。遺作となった『 The Last Theorem』の原稿を終えた直後に、ポリオ後症候群からの呼吸困難と心不全で90歳没。

2008年
【無差別殺人事件】「土浦連続殺傷事件」

茨城県土浦市内在住の24歳無職・金川真大が3月19日の午前9時過ぎ頃に70歳男性を背後から刺殺する事件が発生。現場に乗り捨てられていた自転車から金川が容疑者として指名手配されるが、金川は逃走し3月22日には茨城県警に挑発の電話を入れた。その翌日、常磐線荒川沖駅の駅前で通行人と警察官の合計8人をナイフで刺し、そのうちの27歳男性が死亡。そこから荒川沖区交番に向かい、備え付けの電話で自首をした。犯行動機は「死刑になりたかったから」。2013年2月21日に死刑が執行された。

2014年
【急死】安西水丸【イラストレーター・エッセイスト・小説家】

1970年代〜2000年代にかけて活躍したイラストレーターでエッセイストおよび小説家としても知られる人物。電通、平凡社のアートディレクターを経て、1971年に嵐山光三郎の誘いでデザイナーからイラストレーターへ転向。1981年、安西水丸事務所を開設。1987年、エッセイ集『青インクの東京地図』を発表。以降はエッセイニスト・小説家としても活躍し『バードの妹』『メランコリー・ララバイ』(両著共に1998年)などを多くの作品を発表。2005年、東京イラストレーターズ・ソサエティ理事長就任。晩年まで活動を続け、執筆中の2014年3月19日、脳出血のため倒れそのまま死去。没年71歳。

2016年
【死去】夏樹静子【小説家】

昭和に活躍した小説家で主にミステリー作品で知られる人物。夫は新出光会長・出光芳秀、兄は小説家・五十嵐均。大学在学中の1960年に執筆した推理小説『すれ違った死』が江戸川乱歩賞候補となり、これをきっかけにNHKの推理クイズ番組『私だけが知っている』レギュラーライターとして活躍。1961年、女流推理小説作家の会「霧の会」を結成。1963年に出光と結婚し主婦業に専念。1969年『天使が消えていく』で執筆を再開し、江戸川乱歩賞最終候補となり再び小説家として注目を集めることに。1973年『蒸発』で日本推理作家協会賞受賞。1989年『第三の女』がフランス犯罪小説大賞受賞。1982年『Wの悲劇』を発表、同作品は薬師丸ひろ子主演で映画化されヒットすることに。1984年ベストセラーとなった『妻たちの反乱』を発表。2003年、に最高裁判所下級裁判所裁判官指名諮問委員会の委員を務める。2007年、推理小説の発展に貢献したとして日本ミステリー文学大賞受賞。2016年3月19日、心不全のため死去。没年77歳。

2018年
【死去】青木裕【ミュージシャン・イラストレーター】

バンド「downy」「VOLA&THE ORIENTAL MACHINE」などのメンバーで知られるミュージシャン。2000年に「downy」を結成しメジャーデビュー。2005年に『VOLA&THE ORIENTAL MACHINE』を結成し、2008年に脱退。2012年、元「DEAD END」のMORRIEのソロ活動に参加。2015年、イラストレーターとして初の個展を開催。2017年、ソロ・アルバム『Lost in Forest』を発表。2018年3月19日、急性骨髄性白血病により死去。没年48歳。